全国の難聴児のための早期支援、聴覚障害教育の情報提供、教材などの紹介を発信します。

読解力をつけるために~教科書が読める力はどうすればつくか?

 文(文章)の内容を理解するためには、語彙力(語彙量、語の概念の豊かさ、文脈の中で適切に語を用いる力)や文法力(動詞・形容詞の活用、助詞の理解・運用、接続詞、主述関係や修飾・被修飾関係の理解など)だけでなく、自分の持っている知識を駆使して文に表現されていないことを読みとる推論能力とか、言外に表されている意味の理解とか、登場人物の心情の読み取りに関わる他者の視点を理解する力など総合的な力が必要です。どれをとってみてもきこえない子にとっては、放っておいて自然に身につく力ではなく、意識的な関わりや計画的な支援・指導が必要なことばかりです。

 

〇読解力と文法力との関係

こうしたさまざまな力のうち、まず身につけなければならないのが語彙力・文法力です。 Jcoss通過項目数対偏差値.jpg自分で文を書くためには、書きたい内容に関わる語彙を知っていることと、語彙の並べ方のルールつまり文法を知っていることがどうしても必要だからです。また他人の書いた文を読むときに、使われている語の文脈に沿った意味や助詞の使われ方など文法知識をもっていなければ書かれた文を正しく理解できることができません。

こうした語彙力・文法力は、文を読みとる力(広い意味での 助詞テストと読書偏差値.jpg読解力)とどうかかわっているのでしょうか? ここでは、文法力と読解力との関係を示すものとして、聾学校小学部3~6年生児童(軽度発達障害児を含む)の、①Jcoss(=ジェイコス、文法力をはかる検査)、②助詞テスト、③動詞テスト、④Reading Test(読みの力をはかる検査。読書力検査。以下RTと略)の4つの検査結果を用いて、その関係をみてみたいと思います。 

まずJcossRT読書力偏差値との関係ですが、これらの検査の関係を示す相関係数は0.8で、児童の文法力と読解力はほとんどイコールといってもよい 動詞テストと読書力偏差値.jpgほどの密接な関係にあることがわかります(児童の二つの検査の値が全て一致すれば相関係数は1.0)。また同様に、助詞テストとRT偏差値も相関係数0.81、動詞テストとRT偏差値も相関係数0.85でいずれも、文法力と読解力が極めて密接な関係にあることがわかります。

 

〇文法力の結果としての読書偏差値

もちろん、相関係数は因果関係を示すものではありません。しかし、子どもたちの育ってきた過程を考えてみると、まず、乳幼児期に手話を身につけ、その後日本語の語彙を身につけ、やがて語と語の関係を示す助詞などの文法を身につけ、その結果として小学3~6年生になったときの読解力がここで示されているRT読書力偏差値であると考えるのが自然です。つまり、語彙力や文法力を身につけた結果がこのRT偏差値に反映されているわけです。

また、Jcossと読書偏差値のグラフから、Jcoss18項目以上通過している児童は、いずれも読書偏差値で「学年対応」」(概ね偏差値46~57)またはそれ以上の「上学年対応」(概ね偏差値58以上)であることがわかります(18項目通過は聴児小4以上の到達レベルです)。また、助詞テストでは平均80点以上とっている児童も、動詞テストで70点以上とれている児童も、学年対応以上の読書偏差値(46以上)であることがわかります。これらのことから、Jcoss18項目通過、助詞テスト80点、動詞テスト70点は、小学校中・高学年の到達目標であるとも言えると思います。

*「助詞テスト」「動詞テスト」は本HPよりダウンロード可。このテストで上記目標得点を下回っている場合は、意図的な文法指導で文法力アップが必要です。『きこえない子のための新・日本語チャレンジ』(本会発行)、『絵でわかる動詞の学習』(本会発行)などを用いて指導ができます。

助詞テスト http://nanchosien.com/10-1/10-3/

  動詞テスト http://nanchosien.com/10-1/10-5/

 

〇文法指導はいつからどのように? 

  間違えやすいところは?.jpgしかし、文法力の向上といっても、文法の何をいつ頃からどう指導すればよいのでしょうか? なぜ、動詞と助詞なのでしょうか?この疑問に応えるために、きこえない人・きこえない子の作文から、文を身につける上でどこに困難さを感じてきたのかをみてみます。添付したファイルの成人聴覚障害者と聾児の作文例から、文を作るときの間違いのほとんどが動詞と助詞にあることがわかります(事例の児童の場合はさらに日本語の音韻意識に課題があり、この課題は文法以前の語彙獲得の最初からあったと思われ、このこ 間違えやすいところは2.jpgとにも指導が必要です)。

 

〇まずは、動詞の語彙を増やすことから

 日本語は一つ一つの母音と子音が規則的に組み合わさってできており、音韻(音節・文字)は極めてシンプルでわかりやすいのですが、動詞に関しては非常に複雑に活用し、話者の思いがこの動詞に多様に込められて使われます(添付ファイル参照)。しかも動詞は文の最後に来て(途中に来る場合もある)、文の各文節は全て最後の動詞にかかる構造になっています(形容詞や名詞が最後に来る名詞文・形容詞文もありますが、動詞が最後に来る動詞文が圧倒的に多い)。そのため、この動詞の意味がわからないと文全体が何を言いたいのかがわからなくなります。ということは動詞の語彙が少なかったり活用がわからないと文は読めないということになります。さらに動詞は事物を表わす名詞と違ってそこに見えているわけではありませんし、複雑に活用するので会話の中で視覚的に表示することも難しく(例「手伝いをやらされていたらしいね」)、といってきこえない子には100%聞き取れるわけではないので、結局、きこえない子は、会話の中で使ったとしても、同時に文字・指文字の視覚的手段を使って示していくしかありません。ですから順序としては、まず動詞自体の語彙数を増やすこと(いわゆる終止形・基本形でよい)、これが幼児期の動詞の目標です。

  動詞活用の種類.jpgそしてその次に動詞の活用を身につけることが必要ということになります(文の中では肯定・否定形と現在・過去形の組み合わせ4パターンとテ形の5つ)。そのためには、①会話の中で動詞を手話だけでなくできるだけ指文字も合わせて使うこと、②メモ帳を常にもっていて(家では各部屋に置いておき)必要な動詞に出会ったらその都度書いたり活用を文字で示したりすること、③絵日記の中で動詞を意識的に教える工夫をすること、④動詞絵カードや反対語かるたなどを使って動詞を使った言葉遊びをして語彙を増やすことな 動詞の活用カード.jpgどの取り組み、⑤年中・年長なら「ことばのネットワークづくり」、年長・小学生なら「絵でわかる動詞の学習」などのワークの使用も可。このあたりまでが幼児期の目標です。

絵日記での動詞の指導は、本HP下記「幼児の絵日記」も参考にしてください http://nanchosien.com/10/cat17/

 

さらに、小学生になったら、自立活動などの授業で動詞の活用表を使った指導をすると活用の基本的な仕組みが学習できます(右のシートは年長児の書いたもの。このシートを1日1枚、夏休み中やった。その結果、冒頭に引用した「動詞テスト」では87点とれた。幼児でもそこまで伸びるということ。)

*動詞活用表の指導ついては、本HP以下を参照。TOP>日本語文法指導>文法指導の順序>動詞・形容詞の指導>動詞活用グループの見分け方と指導方法 http://nanchosien.com/09/09-1-1/09-2/

 

〇その次に助詞を~助詞はなぜ必要か?

  助詞「が・を」の指導.jpg動詞を身につけると名詞と一緒に並べて文が作れるようになります。助詞を使わなくても「太郎、ラーメン、食べる」と語だけを並べれば、頭の中にどんな絵が描けるかわかります。反対に「ラーメン、太郎、食べる」と並べても頭に浮かぶ絵は同じです。「ラーメンが太郎を食べる」ということは意味的にあり得ないことが幼児にもわかります。

 では、「太郎、花子、叩く」という文ならどうでしょう?「花子、太郎、叩く」と順序を逆にしてもかまいません。どんな絵が描けるでしょうか? この文では、どちらがどちらを叩いているのが単語を並べただけではわかりません。このようなどちらも意味的にあり得るタイプの文を「可逆文」 助詞「が・を」の指導(3).jpgと言い、語だけで意味がわかる文を「非可逆文」と言っています。こちらは意味的に逆はあり得ないという意味です。日本語の文の全てが非可逆文ならいいのですが、可逆文のような文もあるので、どちらがどちらに対して動作をしているのか明示することが必要です。それを示すのが助詞の役割です。

 

助詞「が」と「を」の学習

そこで、助詞を学習するにあたって、この「が」と「を」を使った文を最初に学習します。

助詞「が・を」の指導2.jpg まず、最初に、非可逆文タイプの文を使います。敢えて「が・を」が逆になった文と絵(例「パパが車を洗う」「車がパパを洗う」など)をいくつか用意して、「が」と「を」が逆になると、あり得ない絵になるというインパクトのある方法を使うのです。そのほうが子どもにはわかりやすいし、助詞に注目しやすいからです。

 そしてその次に「可逆文」タイプの「が・を」の文と絵を使って学習します。例えば「太郎が花子を叩く」「花子が太郎を叩く」という文は、意味的に逆もあり得る文です。

  助詞「が・を」の指導4.jpgこのような「が・を」の学習を、実際に動作を使ったゲームで学ぶとさらに効果的です。

防災頭巾1個、新聞紙を丸めた棒2個、可逆文を使った文カード(「〇男がパパを叩く」「パパが〇男を叩く」「〇男をパパが叩く」「パパを〇男が叩く」「・・追いかける、見る、洗う、怒る・・」などもよい)を用意し、カードをめくってその動作をするゲームです。ゲームは実際にやってみると、とても楽しく、しかも動作化するのでからだで助詞が覚えられる方法なのでオススメです。

 

助詞例文付きポスター.jpg〇次に助詞「に・で・を」などの学習へ

  さらに、助詞は「が」や「を」だけではありません。一文字の助詞だけでも「は」「に」「で」「の」「と」「や」「も」などいくつもありますが、まずは文を作るうえで基本的に必要な「が・は」「を」「に」「と」「で」を学びます。これらの助詞の学習は、「助詞記号・助詞手話記号」を使った方法が子どもにはわかりやすいです。また、『きこえない子のための新・日本語チャレンジ』を使って助詞を学ぶのもよいでしょう。右の掲示は、ある年長児が実際に家で使っていたものです。この幼児の家庭での取り組みは以下のところをご覧ください(因みにこの幼児は、こうした方法で助詞を身につけ、助詞テストは84点でした)。

http://nanchosien.com/papers/04-4/

 

〇助詞指導の効果は?

 このような助詞の指導を行うことで助詞の理解が本当に進むのでしょうか? ある聾学校では小6児童3名に週1回の自立活動の時間に上記のような方法で助詞の指導を行いました。その結果が右の 助詞指導の効果(2019小6).jpgのサムネール画像のサムネール画像グラフです。助詞テストで4050点台では教科書を読んでも、わかる単語をつなげてパズルのように全体の絵を想像するだけなので書かれている意味を正しく理解することができません。しかし、週1時間であっても、3人の伸びの平均はプラス19点。3人のうちの2人は目標とする80点にもう少しのところまで伸びています。こうした指導の積み重ねが大事なのです。願わくば、6年生になってからではなく、小学部に入った時からこうした指導が継続されていくことです。その積み重ねの結果とし 助詞「を」~行事の中で.jpgて、教科書を自分で読める力がつくのだと言えます。

 

*手話記号を用いた助詞指導の方法は、聾学校中学生にも適用され成果を上げている。下記の論文を参照。

大鹿綾,田中美穂,川合紀宗(2012)聴覚障害児への「手話助詞」を用いた 格助詞指導−手話の動作イメージを活用した「手話助詞」の試作−.厚生労働科学研究