全国の難聴児のための早期支援、聴覚障害教育の情報提供、教材などの紹介を発信します。

過去形と現在形の巧みな使い方~『大人になれなかった弟たちに』

昭和に子ども時代を過ごした私にとって8月といえば、「広島・長崎に原爆が投下された月」であり、太平洋戦争が終結した「終戦の夏」です。

過去形と現在形の使い方(絵本).jpg

太平洋戦争が終わってすでに80年近い歳月が流れていますが、それでも戦争中の出来事を扱った文学作品が読み継がれ、そうした作品の中から国語教科書にもいくつかの作品が採用されています。例えば「ちいちゃんのかげおくり」(3年)、「ひとつの花」(4年)、「ヒロシマのうた」(6年)などがそうです。ここで紹介する『大人になれなかった弟たちに』(中1)もそのひとつですが、ここでは、作品の全体的な鑑賞ではなく、文法的な視点から作品の中に流れる時間軸について考えてみたいと思います。因みに、作者の米倉斉加年氏(俳優)は2014年に亡くなっています。作品の冒頭の部分は、以下です。

 

「ぼくの父は戦争に行っていました。太平洋戦争の真っ最中です。

過去形と現在形の使い方.jpg

空襲といって、アメリカのB29という飛行機が毎日のように日本に爆弾を落としに来ました。夜もおちおち寝ていられません。毎晩、防空壕という地下室の中で寝ました。

地下室といっても、自分たちが掘った穴ですから、小さな小さな部屋です。僕のうちでは、畳を上げて床の下に穴を掘りました。母と僕とで掘ったのです。父は戦争に行って留守なので、家族は、僕と母と祖母と妹と弟の五人です。五人が座ったらそれでいっぱいの穴です。・・」

 

 以上が冒頭の部分です。日本語を自然獲得している聴者には違和感は感じないでしょうが、この文章を注意して読んでみると、いわゆる過去形(タ形)と現在形(ル形)が混在し、ほぼ交互に使われていることがわかります。なぜ、このような使い方がなされているのでしょうか? その違いを明確にするために、すべて過去形に書き換えてみます。

「僕の父は戦争に行っていました。太平洋戦争の真っ最中でした。

過去形と現在形の使い方(2).jpg

空襲といって、アメリカのB29という飛行機が毎日のように日本に爆弾を落としに来ました。夜もおちおち寝ていられませんでした。毎晩、防空壕という地下室の中で寝ました。

地下室といっても、自分たちが掘った穴ですから、小さな小さな部屋でした。僕のうちでは、畳を上げて床の下に穴を掘りました。母と僕とで掘ったのでした。父は戦争に行って留守なので、家族は、僕と母と祖母と妹と弟の五人でした。五人が座ったらそれでいっぱいの穴でした。・・」


〇過去形(タ形)と現在形(ル形)の使い方のルール 

過去形が続くと、一つ一つの文が、過去の事実ではあるけれど、淡々とした文になり、どこかそれぞれのことを別々に思い出しているような雰囲気の文になります。しかし、過去形、現在形という形で表すと、それぞれの思い出がひとつひとつ関連を持ち、全体の文章の中の一部でありながら、ひとつながりのことであることがはっきりします。また、現在形を使うことで文がいきいきとして臨場感とか躍動感も出てきます。しかし、日本語の文法として、過去のことを述べるときに、このような現在形(ル形)を用いるのは「あり」なのでしょうか?。

・・と言われると途端に困るのが、理屈ではなく日本語を自然獲得してしまっている聴者なのですが、これは文法的にもOKなのです。日本語の動詞には種類が2つあり、そのうちの一つは動作や変化ををあらわす動詞です。こうした動詞は過去を表す時は「タ形」を使います。この文章の中の「戦争に行っていました」「爆弾を落としに来ました」「地下室の中で寝ました」「穴を掘りました」などです。

ところが、もう一つの動詞は、「ある」「いる」「できる」といった動きのない、状態をあらわす動詞で、これらの、状態をあらわす動詞や「~ている」であらわす動詞、形容詞、文末に「~だ」「~です」を用いる名詞、形容動詞(なにで名詞)などは、はじめから過去のことであることがわかっているときには、過去形にしないで使うことができる、というのが文法ルールなのです。この文章の中では「太平洋戦争の真っ最中です」「おちおち寝ていられません」「部屋です」「・・弟の五人です」「いっぱいの穴です」などです。これらは状態が変化・展開しないでとどまっているので、過去形にしないで使うことができるわけです。そして、そのような使い方をすることで、文章が活き活きとし、今、まさにその事態が目の前で起こっているかのような印象を与える文になっているわけです。

 とはいっても、この文章を読んで、イメージが浮かび、臨場感に浸れるのは、自然言語として文法を空気のように無意識に使いこなせる聴者だからであって、「第二言語」として日本語を学ぶきこえない子にとってはなかなか難しいことです。そのため、きこえない子どもに文法指導が必要と言われても「はあ?そうですか?そんなの必要ですか?」となり、なかなかその必要性が伝わらないということが起こります。その人にとって文法は

社会で求められる力とは?.jpg

「空気」なので、あまりに当たり前すぎて、きこえない子の「言語感覚」と自分の「言語感覚」が違うということの意味が理解できないのです。国語の教科書は、聴者の言語感覚を前提に作成されています。とくに難しいのは「鑑賞」を伴う、このような文学作品をどう読み取るかで、きこえない子がきこえる子と同様の言語感覚で読めるわけではないということを前提にしておかなければなりません。

 では、どこまで聴こえない子は作品を理解し読解できればよいのか、それは指導する側の教材の解釈にかかっているわけですが、そんな指導書もないし、子どもの実態も毎年毎年違うわけですし、とりわけ動詞の活用も助詞も身に付いていない子どもたちを前にする

社会で求められる力とは?2.jpg

と、そんなことよりも社会に出てきちんと伝え合える日本語の読み書きの上達のほうが先だろうと思ったりします。「準ずる教育」ってなんなのだろう?とその矛盾に苦しんでいるのが聴覚障害教育の現状です。

 因みに私個人は、まず、教科書の文章を自分の力で読めるようになるために、語彙力や文法力をしっかりつけることが優先されるべきと考えています。国語をやるなら「説明文」と「言語事項」を優先し、国語の前に自立活動としての「言語」をしっかりやったほうが、将来、社会に出ていく子どもたちには必要なことだと思っています。社会に出たきこえない人たちの現状をきくと(添付ファイル参照)ますますそう感じます。

┃難聴児支援教材研究会
 代表 木島照夫

〒145‐0063
東京都大田区南千束2-10-14-505 木島方
TEL / FAX:03-6421-9735

mail:nanchosien@yahoo.co.jp