文法指導の実践記録
〇はじめに
きこえない子の苦手な構文(文法事項)に、①受動文(する、される)、②使役文(させる、させられる)、③授受文(あげる、もらう、くれる)などがあります。

これらの構文の特徴は、いずれも、複数の人が存在し、それら複数の人との間で、物や気持や動作・行為などがやりとりされるとき、そのやりとりの関係を、それぞれの立場から表現するときの特徴的な言い方であるということです。しかし、こうした構文は、国語教科書ではいずれも小1で出現しますから、きこえない子にとってはちょっと大変です。では、どのように指導すればよいのでしょうか?

〇認知発達と日本語文法の理解
上記のような、なにかとなにかの関係性を正しく理解し、表現するためには、人や物などそれぞれの対象(モノ・人など)と対象の関係を、客観的にとらえ、理解できる力がまず必要だということになります。認知発達的にいうと、自分自身との関連でことばを理解し使っている、生活言語(=幼児期)の段階から、自分の経験から離れてことばを客観的・一般的に理解し使える学習言語(=児童期)の段階へのレベルアップが出来ていることが必要であり、メタ認知的な視点つまり物事を客観的な視点から見る・考えるという思考が欠かせないというということになります。
しかし、逆に言うと、メタ認知的な視点や思考を意図的に育てていくことも大事です。そのためのひとつの方法として、受動文や授受文、使役文の学習が役立つとも言えると思います。例えば、「Aが Bを 呼んだ」という、A(=主語)の立場に視点をあてた文(能動文)は、Bの視点・立場に立って考えると「B(=主語)が Aに 呼ばれた」という言い方(受動文)に変わる、ということを学習することによって、ものごとを客観的な視点(Aの立場、Bの立場、あるいはABを見ているCの立場等)から見る、というメタ認知な思考を育てることに役立つのではないかと思います。
今回取り組まれた聾学校小学部2年生の実践は、まさにそのような実践ではないかと思います。この実践では、国語教科書に出てくる単元の中で、「能動文・受動文」をとりあげていますが、まず最初に、品詞カードやイラストを使い「○○が ××を ~する」という能動文と「××が 〇〇に ~される」という受動文を学習したあと、国語教科書に戻って「見回りが終わるころ、(主語省略) 飼育員さんに 呼ばれました」という「受動文」から、「呼ばれた人(主語)はだれか?」「呼んだ人はだれか?」などを考えさせることで、受動文・能動文はどの人物の立場・視点に立った言い方なのかを考えさせています。しかし、可視化された文とはいえ、文を読んだだけでは自分の頭の中に具体的な人物のイメージを描ききれない子どももいますから、さらに具体レベルにおろして動作化・劇化することで、文の意味を具体的に学習しています。
以下、実践例を紹介します。
教科書の単元をもとにした受動文の学習
〇〇ろう学校小学部2年担任
1.対象児:小学部2年3名(ろう学校一般学級)
2.単元名:2年国語科「どうぶつ園のじゅうい」
3.児童の実態と授業の概要
対象の3名は、1学期から動詞の活用や助詞の用法について自立活動や各教科の学習の中で取り組んできた。動詞の基本形を過去形に直したり、後ろに続く動詞を見て助詞を選択したりできるようになってきたが、受身文や使役文などの主語の位置が変化する文を正しく読み取ることは難しい。
本単元は、「動物たちに顔を覚えてもらう」「飼育員さんに呼ばれる」などの受動文や動作のやりもらい(授受)を表す表現が多用されている。また、主語の省略も多く、そのままでは誰の視点で書かれた文なのかが分かりにくい文章表現が多い。そこで本単元では、獣医と動物や飼育員との関係を文中の言葉から読み取れるように、抽出した文章を品詞カードで視覚化し、主語を補ったり、受動文と能動文を並べて提示したりすることで、誰の視点で書かれた文なのかを理解できることをねらい、実践を行った。
4.本時の目標(4/12時)
獣医と動物や飼育員との関わりについて、文中の言葉と言葉の関係をもとに理解することができる。(知技)
自分の知識や経験と獣医の仕事を結び付けながら読んだことを整理することができる。(主)
5.授業の様子
本単元の学習を行う前に、絵を見て能動文と受動文を書き分ける学習を2時間行った。

そのなかで、能動文では「○○が○○をどうする(動詞の基本形)」の形となり、受動文では「○○が○○に○○られる(動詞の受身形)」の形となることを確認し、それぞれの構文をもとに例文作りを行った。また、能動文を「ライオンの文」、受動文を「カニの文」とよび、それぞれの文の主語が変化することを確認した。(右添付写真)
事前の学習をふまえ、本時の学習では「見回りがおわるころ、しいくいんさんに よばれ

ました」という一文に注目して学習を進めた。品詞カードを使い「飼育員さんが獣医さんをよぶ」という能動文を児童とともに作成した後、「獣医さんが飼育員さんによばれる」という、教科書に掲載されている文に主語を補った形の受動文に書き換える学習を行なった。
しかし、文作りだけでは「獣医と飼育員のどちらが呼んだのか」をまだ理解できていない児童もいたため、獣医役と飼育員役に分かれて劇化を行なった。その後、再度能動文と受動文作りを行うと、適切な助詞の選択や動詞の活用(基本形から受身形への書き換え)に気をつけて文を書くことができた。
その後のワークシートの設問にも全員が正しく答えることができていたことから、児童

が獣医と飼育員との関わりについて文中の言葉から正しく読み取ることができたと考えられる。(右添付写真)
また、劇化した際に「早く来てください」「今、行きます」など、立場に合ったセリフを自分たちで考えることもできていたことから、自分の経験と結びつけながら獣医の仕事について整理して読むこともできたと考える。
6.成果と課題
(1)
成果
・事前に能動文と受動文の書き分けや主語の違いを押えた上で単元の学習に入ったことで、文中の言葉をもとに読解を進めることができた。
(2)
課題
・単元の学習全体を通しての指導と、日記や作文の中で使用できるようにするための継続指導が必要。
以上が実践の記録です。最初に紹介したように、この単元の中には、きこえない子の苦手な「授受文」「受動文」「使役文」が3つとも出現します。とはいっても一度にこれらの全ての構文を指導するのは子どもにとっても負担が大きいと思います。どれを指導するかはその時の教師の判断になりますが、難易度から言えば「授受文」か「受動文」を取り上げることになりますが、教科書への出現時期や出現頻度、その構文理解の難易度や重要度から考えて、まず「受動文」を取り上げたのは適切だと思います(聾学校低学年児童の半数以上は、受動文を能動文として理解しているという実態もあります。2012中川)。
ついでですが、この単元には、「見る」という語に関連する単語が頻出します。「見回る」「見回り」「見ておく」「見せる」「見せてくれる」「見てほしい」「当ててみる」「見つかる」などです。語彙を増やすコツは、こうした語彙を取り上げてまとめて整理し覚えやすくすることです。それぞれの意味を確かめ、さらにそれらと似たことばを探すとか例文を作ってどのような場面で使う語なのか調べたりします。そしてそれらをノートにまとめ整理するとよいと思います。
少し話は変わりますが、この学級では、先日、別のろう学校(聴覚特別支援学校)の2年生の学級とオンラインでつなぎ、「文を長くするゲーム」で交流し、楽しんだそうです。これも興味深い貴重な実践。いつかこの場で紹介していただけると思います。それもまた楽しみです。
「重度難聴のS子さんが入学します。立ち上げの難聴学級担任をお願いします。」
3年前(2019)の3月、突如、難聴学級担任と告げられた私は、聴覚障害について何も知らないまま、その後わずか数日で難聴学級担任としての生活がスタートした。

4月に入って入学式を待たずに対面したS子は、両耳に補聴器を装用し「名前は、たらた(発音の誤りがあり本名とは全く違う)でちゅ。よろちくおねがいちまちゅ。」と言ってお辞儀をした。きこえない子は発音に課題がある事は知っていたので、まずは発音指導について学ばなければいけないなと、その時は思った。その後、私の自己紹介をしてから、きこえる子に質問するのと同じく「誰と来たの?何できたの?」など質問をしたが、首を傾げるだけで何も答えない。幼稚園からの申し送りにも、言葉を発することはほとんどなかったとあったし、緊張しやすい性格なのかなと、その時はさほど気にもせず玄関で「これから宜しくね」と告げて見送った。

入学式が終わって3週間ほどは午前中授業で、その間は交流学習期間として交流学級で登校から下校までを過ごした。S子は級友や交流学級担任から声をかけられると、常に私の顔を見上げ不思議そうにしていた。きれいにきこえてないから反応できないのかもしれないと思い、私がS子にかわってこたえることがほとんどだった。
交流学習期間が終わって、いよいよ本格的な授業がスタートした。登校後、前日のこと
お休みの日の出来事を尋ねると、こちらの質問と全く合わないちぐはぐな答えが返ってくる。指文字をつかって同じ質問をしても首を傾げて困ったような表情をする。国語の授業では教科書の内容を一緒に読んだり書いたりして、その後、5W1Hについて質問すると困った顔をするだけで答えられない。きちんと音を押さえて読んでいるし、間違いなく書いているのに分からないという事は、もしかして、言葉そのものの意味が分からないのではないのかもしれないという事に気づき、国語の時間は言葉一つ一つの説明に時間がかかり、授業がどんどん遅れていく。このやり方が間違っているのか当たっているのかも分からない。校内でたった一人の難聴学級担任。悩みを相談できる相手もなく、教師としての自信喪失、焦燥感に襲われる毎日だった。
〇体験し語彙を整理することから始める
そんなとき、地区の研修会で『難聴児はどんなことで困るのか?』という本にであい、「語彙が不足していると、読み書き・学力は伸ばせない」という一文が目にとまった。そこには「語彙を習得するにはまず直接体験が必要だ」と記されていて、きちんと整理する

ことで語彙が増え、更に高次の概念を習得することができると書かれていた。「これだ!これしかない!」と、翌日からすぐに知的学級で使用されていた写真と文の教材を借りて難聴児用にアレンジし、体験と言葉をつなぐ活動をはじめた。栽培学習、制作活動、調理実習、その他全ての活動においていつもホワイトボードやノートを手に持ちその場で言葉を指導した。全ての物には名前がついていること、そして、それを分類し仲間分けしてカテゴリー化すると、そこにまた名前がつくことを指導した。このような活動を繰り返したことで、言葉を獲得していくプロセスを身につけていったように思う。また、日記を書く際は活動前と活動後で上下に書かせるようにし、例えば、活動前は「にんじんを切る」となるが、活動後は「にんじんを切った」と動詞の語形が変化することを指導した。それにより、動詞は時間の経過などによって形を変えることを理解することができたように思う。
このような活動を1年生から2年生にかけての2年間行ってきたことで、少しずつ友達との会話も成り立つようになってきたが、まだまだ助詞の用法、動詞の活用には大きな課題があった。
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〇どうすれば助詞が身に付くのか?
助詞の指導については、会話の中で助詞を指文字で表したり、日記の中で指導したり、プリント学習を毎日の宿題や朝のドリルの時間に取り組ませるなどいろいろ手を尽くしたがなかなか定着しなかった。間違いを指摘すると「が?で?は?・・・」と適当に助詞を入れて私の表情から正解か間違いかを読み取ろうとする。「この指導法では無理だ・・・」と限界を感じていたとき、難聴児支援教材研究会のHPを見つけた。そこには言

語を系統的に指導する方法がのっていて、そのゴールに「日本語で書かれた教科書を読んで理解する」と明記されている。「これだ!」と身震いする思いだった。そこからは毎朝5時に起きて、というより、勉強がしたくて指導法が知りたくて早くに目が覚め、出勤前に1時間ほど学習する毎日。HPから文法指導の理論を学び、木島氏のYouTubeから実際の指導法を学び、学校でS子に実践する日々!助詞手話記号については、S子の方が私よりも習得が早く、逆に私の方が「指導される」こともあった。教材もテキストも全てHPからダウンロードし、それを授業の中で活用したり、時には一緒にYouTube動画を見て勉強したりする毎日。S子の日本語の読み書き能力はぐんぐん伸びていき、あれほど苦しかった国語の授業が少しずつスムーズに流れていくようになった。
〇「きこえるようになりたい!」
そんなある日、言語発達と同時にメタ認知力(物事や自分を対象化し、客観的に考える力)のついてきたS子が「T先生、S子はお腹の中にいるときお耳ケガしたわけ。ケガだから治るよね。きこえるようになりたい」と私の腕を掴んで言った。この時、きこえないことによる困難がS子に覆い被さっていたのだと思う。「きこえるようになりたい・・・」そう思わせている責任が(聴者の側にいる)私にもあることは分かっていたので、それに対してうまく言葉を返すことができなかった。そこで、きこえない自分を肯定的に受け入れるきっかけになればと、ある成人のろうの人との出会いの場を設定した。
時を同じくして、いつも点数が悪くて叱られていたリハビリの助詞のテストで満点をとることができた。そのリハビリでの様子を、翌日登校するなり嬉しそうに話し始めたS子!「リハビリの先生がねぇ『どうやって助詞の勉強をしたの?助詞手話記号って何?分から

ないなぁ。』って言ったんだよ!リハビリの先生も分からないのにS子全部分かるよ!」と。その後、「ねぇ、千恵子先生、S子は助詞手話記号分かるでしょ!S子はきこえないから見る力が強いからね。だから、この助詞手話記号の使い方をきこえない子に教えてあげたいから、きこえなくていい!きこえない方がいい!」と明るい声で私に話してくれた。その日のS子の満面の笑みを思い出すだけで胸がいっぱいになり涙がこぼれる。そして、S子は今、「将来はろう学校の先生になりたい」という夢をもち、それを叶える為に一生懸命学びながら、友達とも楽しくおしゃべりをするようになっている。
本当に、指導法が分からず、担任として苦しい時間も長くて、苦しいこともたくさんあったけれど、今、夢をかたるS子を見ていると、改めて「自信をつけてあげること!自己肯定感を高めてあげること!これが教育にとって一番大切なことだ」と感じる。もちろん、これから先、ずっと上り調子ではなく、また気持ちが落ちることもあると思う。でも、一度乗り越えた経験があれば次もきっと乗り越えていけると思う。
それからしばらくたったある日、こんなことがあった。学校のトイレの清掃にスクールサポートスタッフとして来ておられるMさんに、トイレに入ろうとしたS子がこう言った。
「M先生、いつもトイレをきれいにしてくれてありがとうございます(お辞儀)」
そうしたら、Mさんは、感極まって涙を流しながら、『うん。ありがとうね。嬉しい!』と、ひとつだけ分かる『ありがとう』の手話をつかってS子に言った。
そのやりとりを見て感動した私は、すぐそこにいた校長先生に今のやりとりを伝え、2人の姿を見て私たちまで感動して涙ぐんだ。
「きこえない自分は自分のままでいい!」そういう、肯定的な自己認識、障害認識、の育ちは、当然、自己肯定感につながる。自己肯定感が育った子どもは、自分の気持ちを他

人に押し隠す必要がないから他人に対して素直な気持ちで接することができる。そんなS子の成長の姿が現れている一場面だった。
それから半年たった今(4年生)、S子はさらに成長し、あれほど嫌がっていた本を自分から読むようになった。今、夢中になって読んでいる本は、『ひみつシリーズ』(学研)であるが、今後の歩みは、また別の機会に報告するとして、今回は、1年から3年生秋までのS子と歩んできた3年間の実践の記録を掲載しておきたい。皆さまのご意見・ご感想をおききできれば幸いである。
〇日本語の語彙力・文法力を高める指導の工夫~体験と言葉をつなげる活動の充実を通して(PDF資料)
実践研究報告 (2021.11).pdf*上記に掲載する「実践研究報告書」(PDF)は、高良千恵子氏が2021年11月に発表されたものです。難聴児との出会いも初めてなら聴覚障害教育も初めてという難聴学級の先生方は決して少なくないと思います。そうした、初めて尽くしの先生方にも大いに役立つ実践の記録だと思います。ぜひご一読いただければ幸いです。
また、この実践記録が公表されたのは2021年11月ですから9か月前ということになります。今、4年生になったS子さんは学習面でも障害認識の面でもその後さらに成長を重ねていますが、その報告は後日改めて機会を持ちたいと思います。(2022.8 木島照夫記)