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「わかる!」が生み出す学ぶ力~たかが文法指導、されど文法指導(外国人・日本語教育から)

「文法指導など必要ない!」と、声高に強調されたある大学の先生がおられました。その先生は、とても知識の豊富な先生でしたが、本当に自分で子どもたちの日本語の指導をされた上でおっしゃっているのか、その時疑問に思ったのも確かです。そんな文法指導への批判は他の著名な大学の先生からもいただいたことがあります。「聴覚障害教育は、『要素法(構成法)』の批判的検討の上に、『自然法』として今は実施されている。このような文法指導はもう克服されてきた方法である」と。

私は生活に根差したコミュニケーションの中できこえない子も日本語の力をつけていくことを否定するものではありません。とくに、日本語対応手話を会話の中で使い、助詞を指文字で表す方法はけっこう有効な方法です。しかし、「音声のみ」のやりとりで、本当にそれだけで十分な日本語とくに助詞の運用力が身につくのか疑問です。それは人工内耳がこれほど進歩した現在においてもなお、助詞や動詞の活用が身についていないきこえない子が沢山いることを知っているからです。私がろう学校で文法指導を始めた10数年前とJ.coss等で確認すると、状況はほとんど変わっていないのです。私はそれが「自然法」の限界なのだと思っています。

日本語の特徴は、非言語情報を手掛かりとした日常会話の中では、主語や助詞が脱落したり、単語だけで会話が成り立つということです。その点、必ず主語をいちいち言わなくてはならない英語とは異なり、日本語の文法が日常会話のやりとりだけで獲得されるとは限らないのです。「どうだった」「たのしかった!」「よかったね」「うん、行ったら?」「行こうかな」。二人の話者で話題のテーマ・文脈さえ共有されていれば、単語のやりとりだけで通じるのが「開放文法」が特徴と言われる日本語です。そのため、実際に、助詞や動詞の活用が身についていないきこえない子どもたちがたくさんいるのが現状です。こうした現象は日常会話の中で「自然に」日本語を身につけるという方法だけでは十分ではないことを物語っていると思います。そして、それを補う方法、それが「要素法」と批判される日本語文法指導なのです。

実は、助詞や動詞の活用に弱いのは、きこえない子だけでなく、外国から来て日本に住んでいる子どもたちもそうなのです。こうした現状を踏まえ、私たちは日本語文法指導を実践してきました。そして、日本語がわかることが、その子の日本語力の向上はもちろんですが、それだけでなく、その子の学ぶ意欲が育ち、生活全体の中でその子が活き活きとして自信をもって生活できるようになっていく姿を見てきました。今回は、日本語文法指導を数か月間実施して、言語的にも心理的にも成長・変容してきた子どもたちの姿を、担当された先生のメールから紹介してみたいと思います。

 

〇外国人子弟の日本語教育の実践から

「・・以前、先生(筆者)が動画(注:『だれでもわかる日本語』YouTube動画NO23)の中で「子どもができるようになったとき、よっしゃ!と思う」とお話しされていたのを

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みました。私も最近、少しずつですが、A君の授業でそれを感じることができ、うれしく思っています。3学期は、A君が授業中終始にこにこ楽しそうに活動できていて、語彙も少しずつではありますが増えてきています。Jcossのテストのおかげでレベルが分かったことや、指導方法のアイデアを教えていただけたおかげだと改めて感謝いたします。(例「級別助詞ワーク」右図参照)

今週の授業で印象的だったのは、「『が・で・に・を』すごろく」を使った作文の学習です。すごろくの駒が「が」に止まったら、「が」を使って作文する、という学習です。その前に、いつも「が・で・に・を練習ワーク」(凡人社)を15枚練習しているので、分からない時には、そこに出てきたものと同じでも言えたらオッケーにしています。初めは見ながら作文することもありましたが、A君が自分でルールを変えて「ここに書いていないものが言えたら、さらに3マス進む、にしてもいいですか?」と聞きました。そのルールで行うと、わたしの知らないキャラクターなども出てきて、様々な文を楽しく作ることができました。

この活動で、日常の会話に変化が出てくるか、年度末の最後の助詞テストがどれだけできるようになるのかは、まだわかりませんが、この時間にできるようになったことが増えていることは確かです。また、先週学習したことも覚えていることが多いと感じます。語彙を増やすために、この間いただいた形容詞の表を参考に、コンテンツの内容を少しずつ増やしていきたいと考えています。日本語指導が、ますます楽しくなってきました。・・・」

 

このメールにあるAさんは、外国から日本に働きに来ている方のお子さんです。日本に来たのは小学校2年生の時。その頃より週2時間、日本語指導の授業を受けてきました。しかしそれでもなかなか話せるようになりませんでした。5年生になって日本語の指導を1時間だけ担当された先生が、たまたま私のホームページをご覧になり、連絡をとってこられました。そして何回かのやりとりの中で、日本語の力を確認したほうがよいと思い、Jcoss(日本語理解テスト)を実施していただきました。また、助詞のテストもやっていただきました。Jcossの結果は年中さんレベル(5~6項目通過)。また、助詞はほとんど理解・運用できていないことが分かりました。

Aさんの4月当初のようすは、日本語への苦手感が強く、自信を失い、課題が難しいと取り組もうとしないことが多々ありました。また、学級担任の先生からは、助詞の使い方等がわかっておらず話していることがきちんと伝わらず困っていると言われていました。そのような事情から、2学期より助詞の指導に取り組み始めたわけです。

Aさんは、「わかる授業」がとても楽しくなり、この週1時間を心待ちにするようになりました。翌週がたまたま祭日で、この授業がないとわかると、別の時間に振り替えてやってほしいというようにまでなりました。こうして、Aさんは学ぶことへもどんどん積極的になっていき、日本語への苦手感も少しずつ自信へと変わっていったのです。以下は、最近のある日の授業の流れから。

 

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1.コンテンツ・・・新しい形容詞とナ形容詞(江副文法では「なにで名詞」)のコンテンツを作りました。Aさんは知らないものもありましたが、この時間に言えるようになりました。

 

2.動作のことばカード・・・2学期に引き続き、楽しくできました。「ひもをむすぶ」だけ知らなかったようすでした。

 

3.助詞「に・で・を」復習・・・品詞カードとミニカー、ペープサートを使って、たくさん作文しました。とても楽しくできました。車を「降りる」がはじめは難しかったのですが、電車やバスなどでも繰り返し練習をして言えるようになりました。

 

4.がでにを練習ワーク・・・初めてこのテキストを使いましたが、3枚セットでレベル5まで、合計15枚を楽しくできました。「次は、10秒で!」など、自分で決めて取り組みました。

 

5・すごろく作文・・・「がでにを」をすごろくにして作りました。止まったマスの助詞「がでにを」を使って作文します。「今日使ったミニカーを使って言えたらさらに1マス、ペープサートを使って言えたらさらに2マス進にします」と、自分でルールを考えて楽しくできました。

 

6.読み聞かせ・・・絵本『のりまき』を読み聞かせしました。恵方巻を知らなかったようでエピソードを話しました。

 

7.すごろく「形容詞活用」(村野聡氏考案を修正)・・・楽しくできました。

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 このように、その子のレベルに合わせて日本語の文法力をアップする授業、それが文法指導です。文法指導の基本は、まず助詞と動詞の活用です。これをきちと抑えることで文章を正しく読み、書くことができるようになります。教科書を読んで何が書いてあるのか内容を理解できる力の基礎が身に付きます。助詞がわからないと論理的な思考ができません。「太郎 花子 追いかける」だけでは、どちらがどちらを追いかけているのかわかりません。「が」「を」が入ってはじめて関係性が明らかになります。また「追いかける」と「追いかけている」と「追いかけた」では、これから追いかけるのか、今追いかけているのか、もう追いかけ終わったのかがわかりません。「追いかけられた」となったらどっちの方に視点をあてているのかが変わってきます。このように文法を正しく理解し運用することが、論理的に思考し正しく相手に伝えることに繋がります。「今、ここ」での会話は、実物、表情、身振りなどの非言語情報によって助けられ、また、わからなかったことは相手が尋ねてもくれますが、書き言葉の世界では、すべて言語情報に頼らざるを得ません。そのためには、しっかりと日本語の語彙力と文法力をつけていくことが不可欠。難聴児も外国人子弟も、小学生のうちに、教科書を自分で読んで理解できる学習言語の土台となる力をつけてあげたいものです。

 

┃難聴児支援教材研究会
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