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助詞は会話の中で身につくか?

〇会話も文も必要です

 「助詞は会話の中で身につくのでしょうか?」こんな質問を保護者の方からいただくことがあります。きこえない子に日常会話の中だけで文法が身につけばなんの苦労も要りません。きけば、ある大学の先生に「日本語の文法は、自然な会話の中で獲得される。だから、きこえない子も会話を沢山すればよい。ドリルなどいくらやっても助詞は身につかない」と言われたのだとか。確かにきこえる子についてはその先生のおっしゃる通りです。日常会話では、助詞が抜けたり、主語が欠けたりなどの文法要素が欠落しても(日本語は単語だけでも通じる言語です。例えば、A「ねえねえ、行ってきたよ。楽しかった~」B「そうなんだ~。へえ~」などと)、話題や文脈が共有されていさえすれば、言語以外の情報(具体物、表情、身振り、指さし、目線、声の大きさなど)に助けられて十分に通じあえますし、欠落した部分は相手が聞いてもくれます(B「で、その映画、どこやってた?」とか「だれ行ったの?」などと)。ですから、きこえる子は会話の中だけで日本語の基本的な文法を3歳代で身につけることができます。1歳あたりで初語が出始め、それから2年から2年半くらいの間に語彙は1000語以上、基本的な日本語の文法はほぼマスターすると言われています。聴児は家の中だけでなく、電車やバスの中でも繁華街を歩いている時でも周囲に多少の騒音がある環境下で、自分に必要なことだけを選択的に聞き取ることができます(「カクテルパーティー効果」)。また、後ろからでも暗闇の中でも聴覚は使えます。この違いが非常に大きな差を生み出します。では、きこえない子はどうでしょう?

 

音声だけで100%の音韻弁別は困難

きこえない子も「文法は自然な会話によって獲得される」となると、一般的に軽・中度難聴の子や人工内耳装用児など聴覚活用ができる子どもたちは"ある程度"それも言えるかなと思います。しかしそうした子たちでも「音声だけ」で100%の音韻の区別は困難です(例えば、聴力50dBでも「高田馬場」→「たたたのたた」、「本棚」→「ほだな」、「魚」→「タカナ」と覚えていたりします)。これをきちんと区別するためには、文字や指文字などの視覚的記号で弁別する以外に方法はありません。 語彙習得は多感覚で!.jpgましてや90dBとか100dBといった聴力の厳しい子たちは、補聴器をしてリズムやプロソディーなどの「韻律情報」は聞き取れても、一つ一つの単語を区別する「音韻情報」を100%聴取することは困難ですから、文字や指文字を使う以外に方法がないのです。そして、実際に、きこえない子もきこえにくい子も、生活の中に自然にあふれている文字情報(絵本、広告、通信機器など)や絵日記・文字カードなどを活用して、語彙を獲得し、また、文・文法を獲得しています。そして、それでよいと思いますし、それしかないとも言えます。日本語での会話もするし、文字などの視覚情報もどんどん使えばよいのです。

そこで、ここでは、手話も音声も文字も指文字も使って、短期間に、効果的に語彙力・文法力・読解力・作文力を身につけた幼児の事例を紹介したいと思います。

 

【事例】(年長)~語彙力と文法力をつけることに取り組んだ1年間

〇「ことば絵じてん」で語彙力アップ!(年中後半~年長始め)

Sちゃんは2歳で人工内耳を装用し、年中になった時には日常会話は音声で可能、日々の生活に必要な語はほぼ獲得していました。 事例1-4.jpgしかし、その時の絵画語彙検査の結果は、5歳1カ月の時に31カ月。2年の差が生じていました。その頃このホームページの中の「語の概念カテゴリー」のことを知りました。Sちゃんに質問してみたら。Sちゃんはそれぞれのモノの名前は知っているのにそれらのモノの上位概念を知りませんでした。そこから、ママは「ことば絵じてん」づくりに取り組み始めました。幸い、Sちゃんもその活動を楽しみ、語の概念はどんどんと広がっていきました。半年間、集中的に取り組み、ママは、語の概念も量も増えていくのを実感しました。その結果、年長になった時の絵画語彙検査は、生活年齢58か月、語彙年齢5歳6か月になっていました。 事例1-5pptx.jpg

*こんな短期間に語彙が増えるのはあり得ないという人がいますが、きこえる子が2歳から3歳にかけて1000語位の語を獲得することを考えればあり得ることです(これを「語彙爆発」と呼んでいます。子どもの頭の中にカテゴリーで括られた語の集まり(例えば「果物」)がある時、その果物のファイルを使って新しく出会ったモノ(例えば初めてみたパッションフルーツ)が何であるか(「果物の一種かな?」)が推測できます。このシステムを「即時マッピング」と言いますが、このシステムがあれば新しい語彙を次々と獲得できます。こうして起こるのが語彙爆発です。Sちゃんは語はたくさんもっていましたが、その語はバラバラで括られていなかったために新しい語を見ても「即時マッピング」のシステムがうまく作動しなかったと考えられます。*参考HP>論文・資料・教材>ことばのネットワークづくり参照 http://nanchosien.com/papers/cat33/

*参考HP>日記・絵本・手話>ことば絵じてん参照 http://nanchosien.com/10/1/ 

 

〇「助詞カード」「品詞カード」で読みの力アップ!

(年中終わり~年長前半)

しかし、課題はそれだけではありませんでした。助詞の使い方、受動文、自動詞・他動詞、比較表現、接続詞など、きこえている子なら自然に身につけ間違えないはずのことが、人工内耳をしているとはいっても、きこえないSちゃんには自然に身についていないことがたくさんありました。 事例1-1.jpg

そこでお母さんは、「助詞記号・助詞手話記号」「品詞カード」などの視覚教材の利点を活かした日本語の文法の課題に家で取り組み始めました。「視覚教材の利点」は「ことば絵じてん」づくりですでに経験していましたから、教材を自分で開発し、それらを使ってSちゃんと遊びました。こうしてSちゃんは助詞を理解し、動詞の活用もだんだんとわかるようになっていきました。この頃、月に2回行っていた病院のSTの先生も、Sちゃんが短期間に助詞ができるようになったことに驚いていました事例1-2.jpg

その病院でJcoss(*本HP>発達の診断と評価>J.coss参照)をやってもらったところ、通過項目数は14項目(小2レベル)。視覚教材を有効に使って助詞を身につけ、文を読んで理解する文法力を身につけたのです。

 そして、文を読んだり書いたりする力の向上は、子どもの「読みたい力」「書きたい力」を高めます。Sちゃんは本を読むのが好きになりました。以下は、その頃のママからのメールです。

 

事例1-3.jpg「絵本が好きになってきて、『読んで、読んで』と持ってきます。今、読んでいるのは、赤ずきん、浦島太郎、裸の王様、ヘンゼルとグレーテル、3匹の子ぶた、ごんぎつね、青い鳥、孫悟空、ピノキオ、かちかち山、さるかに合戦、イソップ物語などです。」(年中終わり頃)

 

 

 

 

 

〇「大きな名詞づくり」で文を作る力アップ!(年長始め~夏休み前)

さらに「接続詞」や「名詞修飾構文」=「大きな名詞つくり」にも取り組みました。日本語で難しいのがこの名詞修飾の文で、「係りー受け」の関係です。例えば、井上ひさしの本(『井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室』)にも登場する「黒い目のきれいな女の子」という文は、これだけなら如何様にも意味が解釈できます。このような文では、通常、 名詞修飾~きつつき.jpg作者がどこかに「、(読点)」を入れたり(例「黒い目のきれいな、女の子」)、語順を変えたりします。こうした名詞修飾の指導にあたって、先の大学の先生は、小1国語(光村図書)の『きつつき』 に出てくる「・・そして、木の中にいる虫を食べます。」という文で、きこえない子が「きつつきは・・木の中にいる。」と切って理解してしまった。」というある教師に対して、「木の中にいる虫を」まで一気に読めば子どもは意味を自然に理解できる、と言われたそうです。ただ、それは教師が自分で解釈した意味を子どもに伝えているだけで、問題は、子ども自身が初めてこの文を読んだときに、どこで区切って読めばいいのかが自分でわかる(=「木の中にいる虫」という名詞修飾がわかる)ということですから、名詞修飾(「大きな名詞」)という文法概念を教える必要があるわけです。これをSちゃんのママは以下のように教えました。

名詞構成語.jpg 

大きな名詞づくりでは、まず、基本の短い文を作らせます。そこから一緒に、文を詳しくするにはどうすればよいかと「大きな名詞」を考えていく方法をとりました。数日で慣れ、大きな名詞を使って自分だけで文を作ることができるようになりました。(下線部が「大きな名詞」)以下はその例です。(4月頃)

 

「Sが公園であそんでいる」帽子をかぶったSが、近所の公園で楽しそうに遊んでいる。」といった具合です。

そして、この「大きな名詞づくり」は楽しかったようで、自分からアルバムをもってきて「大きな名詞づくりをしよう!」と言うようになりました。以下はその頃、絵を見ながら自分で作った文です。(5月頃)

 

①「ピンクの体のうさぎさんキレイな花を持って、どんどん歩いています。」

②「小さいかわいいネズミ色の体のうさぎが、草むらで遊んで、青いスズメも遊びに来た」

③「小さいくまさんが、ぶどうがりを笑って楽しそうにしています。茶色いすずめもやってきた」

④「ミッキーの帽子をかぶったSが、青い車にのって手をあげています。」

 

*名詞修飾の指導については、本HP>日本語文法指導>構文の指導>文を詳しくする方法を参照 http://nanchosien.com/09/09-4/

 

〇自分で文をつくるようになる(6,7月頃~)

助詞や動詞の活用の仕方、大きな名詞づくりなどをやったことで、自分一人でも文が作れる楽しさを感じるようになってきて、Sちゃんはテレビのニュースを見て自分で文を作ったりもするようになりました。(7月頃)

 

おかやまけんの おおおあめ(大雨)

おおおあめでしんすいになった。 おみずでうえきばちがたおれた。

おおおあめでぼうさいきゅうきゅうヘリとボートがきゅうじょをしています。

「たすけにいくきゅうじょ」はふねにのりこみました。

(*「助けに行く救助」が大きな名詞なので「」で囲んだ)

 

〇「絵本の読み聞かせ」で読解力・知識アップ!

また、語彙が増え、文法がわかるようになってくると絵本に出てくる語彙の説明が少なくてすむようになってきました。以下はその頃のママのメールです。

 

「以前は、それはもう知らない言葉だらけで、読んだあと分かる言葉に置き換えて説明したりするのに時間を使っていましたが、いまは、スラスラ読めます。知らない言葉が出て来たら、その説明だけでいいので楽です。絵本によって、言葉がすごく増えたと感じます。今月(7月)に入って、今日で50冊絵本を読んでいるのですが、この4月から絵本に触れ始めて、ある一定の数に達したあたりから、ぐっと読むのも楽になったと変化を感じます。自分一人でも読めるようになってきました。文法を理解し、語彙が増えたり、絵本独特の言い回しにも何度も出会い、慣れてきたのだと思います。なにより、絵本が大好きになったことが嬉しいです。」(母のメール)

そして、絵本だと2行にわたる大きな名詞も見つけることが出来るようになりました

 

母「Sちゃん、この花、どんな花?大きな名詞どこまでだと思う?」

S「一年に一度、春の終わりの満月の夜にさく花」

こういう風に私が質問する時と、「あ!見つけた!大きな名詞!」と私の手話を見て気づいてから絵本の文章を探して指さす、という時とがあります。(母メールより)

 

このように、絵本を読む力もつき、年長の秋に学校でやったJcossでは17項目(小3レベル)通過していました。日記を自分で書くようになり、その中で「大きな名詞」を使えるようになってきています。以下はその例です。下線部が「おおきな名詞」

 

10/26 「チュッパチャップスのこと」

チュッパチャップスをなめておいしかったです。くびをながくしてまったきのうからなめたかったチュッパチャップスです。あっというま、たべおわっちゃった。またおばあちゃんにかってもらおう。

 

11/20「くるまでベルトをわすれた」

くるまでベルトをわすれてかなしかったです。みどりのだいじなベルトをくるまでわすれてかなしかったです。あしたつけれなくてかなしかったです。おかあさんにでんわをしてもらいました。かなしかったです。

 

事例S~まとめ

 Sちゃんの例が示しているように、音声だけでの日常会話の中で、ある程度の語彙や文法力が身についたとしても、それだけでは十分ではなく、絵日記や絵本、ワークブックやことばカードなど、文を読んだり書いたりする総合的な言語活動の中で日本語の語彙力も文法力も読解力・作文力もついていくのだということがわかります。

その中でとくに「視覚教材」を活用することは、頭の中のことばを視覚的に整理し(「ことば絵じてん」「各種の掲示」など)、話し言葉を「可視化」する(「助詞カード」など)ことことができ、それによって語彙・文法を負担なくきこえない子に習得させる効果をもつことがこの事例からもわかると思います。

 

【事例R】(年中)~手話から日本語への変換に取り組んだ2年間

事例R.jpgRちゃんは聴者家庭ですが手話中心に育ち、年中頃まではあまり日本語も身についていませんでした。年中になった頃、幼稚部の担任の先生に、日本語も身につけていこうと言われ、少しずつ、知っている手話のことばを指文字で表現する練習から始めました。手話も口話併用の手話を使うようにし、助詞の部分は指文字で表示することもやっていくようにしました。また、手話から日本語に変換できることば増えていくと、指文字で日本語の文章を表現し、次にその意味がわかるように手話で表現し、またもう一度指文字で表現するようにもしていきました。

また、年中の後半頃から二語文暗記というのを始めました。 事例R2.jpg

これは、文を決めて短冊に書き、それを覚えて学校に行き、学校でカードに書いて、先生にみてもらうという取り組みです。覚えては忘れ、忘れては覚えの繰り返しで、前日に覚えてから、学校に行くまでに3~4回は覚える練習をしました。継続することはかなりの根気が要りましたが、ママも本人もがんばり、とうとう、卒業までに短冊が150枚以上になりました。

しかも、この取り組みは幼稚部のときだけで終わることなく、小学部に入学して担任が 事例R3.jpg変わってからも続けられました。この取り組みはRちゃんの日本語力を徐々に伸ばし、Jcossでは、小学部1年生の時は7項目通過でしたが、その後、順調に伸びて高学年の時には18項目まで伸びました。そしてRちゃんは聾学校中学部・高等部と進み、この4月に理科系の私立大学に進学しました。

 

事例R~まとめ

Rちゃんは文を身につけるとき、それまでの手話での会話を、口話併用の手話に少しずつ指文字で助詞を入れたり、指文字の文を手話で表現したり、手話の文を指文字であらわしたりしながら、手話と日本語の変換に取り組んでいきました。また、文字で書かれた文を暗記することにも取り組み、文を通して少しずつ日本語の語彙力や文法力をつけていっています。相当根気のいる取り組みだったと思いますが、「継続は力なり」。最終的には大学進学までたどり着いていることを考えると、決して、ことばの力をつける取り組みに「もう遅い」ということはないのだと勇気づけられます。使えるものはなんでも使って多角的に覚える(これを「記憶の多重符号化」と呼びます)。それが最も効果的なことばの学習方法だと言えるでしょう。