助詞の指導
○非可逆文と可逆文
Jcoss(日本語理解テスト)という文法力を測定する検査があります。全検査20項目の最初から6項目に非可逆文というのがあります。非可逆文というのは、文法的には間違っていないけれど意味的にあり得ない(逆はあり得ない=非可逆文)という文です。
例えば、「ぼくが ラーメンを 食べる」。

この文の助詞「が」「を」を逆にしてみます。
そうすると「ぼくを ラーメンが 食べる」という文になり、意味としてはあり得ないことになります。このようなタイプの文を非可逆文といいます。
【例文】①「ぼくが ラーメンを 食べる」(意味的に〇)
②「ぼくを ラーメンが 食べる」(意味的に×)
このようなタイプ(非可逆文)は助詞を抜いても単語だけで意味がわかるのが特徴です。(右図参照)
③「ぼく ラーメン 食べる」または「ラーメン ぼく 食べる」
助詞がちんぷんかんぷんの子も単語の意味さえわかっていればこの文を読んですぐに頭の中に映像を浮かべることができます。ラーメンが太郎を食べている絵を浮かべる子はまずいません。通常はどの子も常識的に考えてあり得る絵を頭に浮かべます。つまり、助詞がわからなくても(助詞がなくても)このタイプの文は、単語さえわかっていれば意味がわかるのです。
これに対してJ.coss7項目には置換可能文というのがあります。これを別の言い方で可逆文と言っています。これは助詞が逆になっても文法的にも意味的にもこういう場面はあり得ますよ(意味的にあり得る=可逆文)という意味です。助詞がわからないと(助詞がないと)正しい意味を伝えられないし、助詞を逆にすると意味が逆になる文です。
【例文】④「太郎が 花子を 叩く」

⑤「太郎を 花子が 叩く」
この場合、おいかけるという行為をする側と行為を受ける側(追いかけられる側)が逆になる文。これが可逆文です。これら二つのタイプの文を使って助詞「が・を」を教えます。
○非可逆文・可逆文を使って助詞を教える~助詞「が・を」の教え方

*この指導を行う前に、助詞「が」のカードを使って、「が」は主語とか動作主を意味するということをからだを動かして学習しておきます。そのうえで以下の順に学習を進めます。
1.まず最初に非可逆文を使って文の意味を考えさせます。
「太郎が ラーメンを 食べる」という文ですね。
①この文を提示して絵を描かせると、どの子も男の子がラーメンを食べている絵を描きます。
②次に「太郎を ラーメンが 食べる」という文を提示して「どんな絵になると思う?」と問います。意味が反対になることに気づく子もそうでない子もいますが、助詞が逆になると、絵の中の男の子とラーメンの立場が逆になって「ラーメンが 太郎を 食べてしまう」ということに気づかせます。

「が」と「を」の違いに気づかせたところで、いくつか非可逆文タイプの絵を出して、文の助詞を考えさせます。
2.次は可逆文を使って文の意味を考えさせます。
③「太郎が 花子を たたく」 この絵はどういう絵になるか考えさせます。
また、以下の文も考えさせます。
④「太郎を 花子が たたく」

こうした可逆文タイプの絵を提示して、文の助詞を考えさせます。
以上、「非可逆文」と「可逆文」を使って、助詞「が」と「を」が逆になると、意味が反対になるのだということを教えることができます(右図参照)。
「が」と「を」の使い方が理解できるようになれば、教科書の文から「が」と「を」の文を取り出して問題文を作り、その文に助詞を入れる練習などもします。

きこえない子たちにとって苦手な品詞のひとつが助詞です。理由はいくつかあります。
①日常会話の中で助詞はしばしば落ちてしまいます(「ねえ、学校?」「いや、病院」など互いに文脈が共有されていれば日本語は単語だけで会話できるからです)。
②助詞には一文字のものが多く(が、を、に、で、と・・)瞬間的に発音されかつ音圧も弱いため聞き取れないことがあり、また、口形がほとんど同じ助詞もあります(「ママを」「ママと」「ママの」、「学校へ」「学校で」など)。
③助詞は名詞や動詞などと違って、前の語と後ろの語との関係を表示する機能を持つ品詞(機能語)です。そのため、「が」なら「が」という助詞だけを単独で取り出して使用方法を学ぶことができません。必ず文の中で学ぶことが必要です。
では、文の中で助詞は、どのように教えればよいのでしょうか? 助詞にも格助詞とか副助詞とか接続助詞とかいろいろありますが、まずは、きこえない子が躓きやすい一文字の格助詞「が、を、に、と、で」を取り上げて指導します。

〇助詞カードで遊ぼう!
まず、助詞を視覚化した助詞カードを作ります。助詞の「見える化」です。これを使って遊ぶだけで、ある程度音声で会話が出来ている子には助詞の使い方の間違いを少なくすることができます。以下、教材の作り方と使い方を説明します。
①「助詞カード」の作成
まず、助詞のカードを作成します。割りばし付きとそうでないものと二種類準備します。厚紙であればラミネートはしなくてもOKですが、長持ちさせるにはパウチしたほうがよいでしょう。大きさは5~6cm四方。10cmの大き目

*下記より助詞カードの印刷用原版(PDF)がダウンロードできます。
助詞カード.pdf②絵本の中で助詞カードを使おう~助詞「が」の例
まず、絵本を読み聞かせをするときにこのカードを使ってみましょう。助詞を意識させるのに最も適した絵本は、かがくいひろしの『だるまさんが・の・と』の3部作。この絵本の中の『だるまさ

絵本の各頁の文、例えば「だるまさんが・・」と読みながら、だるまさんの絵に助詞カード「が」をあてます。頁をめくるとおならをしている絵です。「ぷっ」と言って、だるまさんの絵にカードをあてて、「だるまさんが ぷっ」「あっ、だるまさんが おならしちゃった。くさいくさい」などと言って



その助詞を強調しながら読み聞かせを楽しめます。例えば『誰かしら』『きんぎょがにげた』『おおきなかぶ』なども「が」を強調しながら読み聞かせが出来ます。こうした絵本の中で「が」は、動作・行為の主体(=動作主・主語)であることを示します。
だるまさんシリーズでは、助詞「と」や「の」も同様使って読み聞かせができますが、ここでは省略します。

②助詞カードを使って遊んでみよう!~助詞「が」の例
次は助詞カードを使って、いろいろなもの(具体物)にあてて文を言ってみましょう。
例えば、今、ポストに「が」があたっています。どんな文を作りますか? 上の写真なら「ポストが赤い」「ポストがある」「ポストが立っている」、下の写真なら「ポストがバタン」「ポストが倒れた」「ポストが寝てる」等々。
また、写真下のような人形を使ったり(「リ


③その他の助詞カード(「を・に・で・と」など)を使って

④助詞カード「が」「を」を使って
それから絵本『おおきなかぶ』で、助詞カード「が」「を」を一緒に使い、文にしたがって絵にあてた助詞カードを順次動かしながら読んでみましょう。右ファイルの例は『おおきなかぶ』を使った例です。
そして絵本の次はまた具体物を使って動作しながらやってみましょう。
〇助詞カードを作ってあそんでみたら・・

*右記のお子さんはこうした活動の中で助詞をマスターし、療育のSTさんにも「最近、急に助詞がわかるようになりましたね」と驚かれたそうです。
〇場所を表す「に・で・を」の意味
「宙に舞う」「宙で舞う」「宙を舞う」これらはいずれも意味が違います。ではどのように違うのでしょうか?
場所に関わる格助詞にはいくつかの種類(に、で、を、より、から、まで等)がありますが、きこえない子に難しいのは、一文字の格助詞「に、で、を」を、どのようなときに使うのかということでしょう。これらの助詞には以下のような使い方があります。
(1)場所の「に」
①その場所が行先・到達点をあらわす(行先・目的地の「に」)【例】「風呂に入る」
②その場所が存在する所をあらわす(存在の「に」)【例】「風呂にある」
(2)場所の「で」
その場所で行為・動作をすること(場所の「で」)【例】「風呂であそぶ」
(3)場所の「を」
①その場所を通過するとき(通過の「を」)【例】「風呂を通る」
②その場所を離れる・出発点をあらわす(出発点の「を」)【例】「風呂を出る」

このような助詞の違いから「宙に 舞う」「宙で 舞う」「宙を 舞う」を考えると、
・「宙に 舞う」⇒宙が「行先・目的地」な

・「宙で 舞う」⇒「宙」は舞う「場所」なので一定時間持続してそこ(宙)で舞い続けるという意味になります。
・「宙を 舞う」⇒「宙」を比較的短時間の間に通過して行ったということになります。*対象の「を」と考えると「で」に近い動きと考えることも可能です。
〇教科書の文章を正確に読み取るために~小4上国語『白い帽子』から

①・・・「これは、レモンですか」。堀端( )乗せたお客の紳士が、話しかけました。
作品の冒頭の部分です。堀端は「場所」で、その場所でタクシーに乗せるという行為が行われていますから「堀端で 乗せたお客の紳士」です。
②・・・信号が青に変わると、たくさんの車が一斉に走り出しました。その大通り( )曲がって、細い裏通り( )入った所( )、紳士は降りていきました。
タクシーに乗って移動中、大通りに差し掛かり、タクシーは曲がって行きますから、「その大通りを 曲がって」。通過の「を」が使われています。 場所の「で」でも間違いとは言えませんが、「で」の場合は、そこで一定時間なにかをしているというイメージが強くなります。ここはタクシーで移動している場面ですから、通過の「を」のほうが場面に合っていると思います。
次の「細い裏通り( )入った所( )紳士は降りていきました。」はどうでしょう? ここは、「細い裏通りに 入った所で、紳士は降りて」となっています。前者は、通過点として考えれば「を」もあり得ると思いますが、ここはタクシーの行先・目的地ですから行先の「に」が使われています。また、後者はその場での行為ですから、場所の「で」が使われています。
③・・・もんしろちょうです。あわてて帽子をふり回しました。そんな松井さんの目の前( )ちょうはひらひら高く舞い上がると、並木の緑の向こう( )見えなくなってしまいました。

前者は「目の前で ちょうは・・舞い上がる」もあり得ますが、ここでは「目の前を ・・まい上がる」で、通過の「を」が使われています。「目の前で」であれば松井さんの目の前でしばらく舞っていたことになりますが、通過の「を」なので、比較的短時間でその場(=目の前)を通り過ぎたことになります。蝶は常にひらひらと舞い、移動しているのです。そして、「並木の緑の向こうに 見えなくなってしまい」ます。ここは行先の「に」です。
④・・・そこは、小さな団地の小さな野原でした。白いちょうが、二十も三十も、いえ、もっとたくさん飛んでいました。クローバーが青々と広がり、綿毛と黄色の花の交ざったたんぽぽが、点々の模様になって咲いています。その上( )踊るように飛んでいるちょうをぼんやりと見ているうち、松井さんには、こんな声がきこえてきました。「よかったね。」「よかったよ。」「よかったね。」「よかったよ。」それは、シャボン玉のはじけるような、小さな小さな声でした。

ここで使われているのは「その上を、・・飛んでいるちょう」で、通過の「を」です。その上で、・・飛んでいるちょう」でもよいのかなとも思いますが、ひらひらと舞い、移動している蝶なので、やはりこの場面も野原の上を移動しているという統一された蝶のイメージで描かれているのだろうと思います。
〇助詞の意味・用法を身につけることの大切さ

まず、基本的な助詞の意味・用法をきちんと学習することが先決ですが、きこえる子に準拠した国語の教科書ではそのような指導は行われませんし、扱う時間も設定されてはいません。日本語の基本的な語彙・文法は自然獲得しているということが前提になっているからです。ですから、きこえない子には、まず、助詞などの用法を意図的に取り上げ、しっかりと身につけさせる指導が必要だと思います。上のテキストは日本で唯一の助詞学習用テキストです。CDと併せて購入すると割引になり、たくさんの練習問題やテスト問題をダウンロードできます。(難聴児支援教材研究会発行,1,600円)
〇助詞記号・助詞手話記号の開発
このHPでは、助詞の指導方法について何度か書いてきました。そしてその中で、きこえない子が苦手な助詞「が、を、に、で、と」を、それらの助詞の「意味・用法」を手話であらわす方法があることについて書いてきました。
この指導方法を最初に考案したのは、私がある聾学校に勤務していた平成21年(2009)頃で、最初は、格助詞の意味を「記号」(「助詞記号」)を使ってあらわす方法を思いつきました(図に用いられている抽象図形の記号で、手の形のほうではなく、手の上に小さく映っている□とか→とか?を使った記号のほうです)。例えば、「で」の「原因・理由」をあらわす「で」(例「風邪で学校を休む」「風で桜が散った」)では、「原因・理由」をあらわす手話表現(体の前で左手を水平におき、その下を、指さしする時などに使う右人差し指をまっすぐ前に向けた右手をくぐらせ、左右に振る)から思いついた、水平の直線の下に「?」マークを書いた記号を使います。しかし、この記号だけでは、記号そのものが抽象的であったため、低学年の子たちにはなかなか理解できませんでした。そこで、手話そのものを、はじめから使えばよいことに気づき、「助詞手話記号」を思いついたわけです。これは、日常的に手話を使っている子たちにとってはとてもわかりやすいもので、この記号を使って助詞の意味・用法を学んだ子どもたちの反応は、「ああ、『で』はそういう時に使うんだ!」でした。それまでの指導は、子どもの書いた日記の文中の助詞のまちがいを「ここの助詞の使い方は『を』ではなく、『に』だよ」と先生に言われて意味も分からずに直すだけか、助詞のドリルと称して問題文中の( )に、自分が思いついた助詞を書き込む練習問題を沢山やるという方法でした。

〇助詞記号・助詞手話記号を用いた学習の成果
では、こうした記号を使って指導して、実際、効果はあるのか? きっと初めてこの記号に出会った方たちはそういう疑問を持たれると思います。そこで、記号を開発した当時(2010~2012頃)、その記号を使って児童に指導を試みた結果、どれだけの成果があったのか、当時の検査結果からみてみたいと思います。
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そして、この助詞手話記号を使って「自立活動」や「国語」の指導を行い、さらに助詞問題プリントを使って2年生の10月~1月の4カ月間、集中的に指導してみました。幸い、多くの児童は、助詞の授業を楽しみ、積極的に助詞の問題プリントにも取り組みました(4カ月間で取り組んだプリント枚数は100枚を越えます)。その結果、その年度の2月にあった「助詞テスト」の結果は大きく伸びたのです(下右図「指導群」結果)。

しかし、これだけでは助詞の指導の効果は本当かどうかわかりません。もしかしたら、助詞の指導をいちいちしなくても伸びるのかもしれません。そこで、指導をしなかった児童(知的障害なし、助詞テスト80点未満)10名を選んで「対照群」として、その伸びを比較してみました。指導前(前年度)の助詞テスト平均得点は「指導群(10名)」と「対照群(10名)」とに差はありません。しかし、「対照群」(特別に助詞を指導しなかったグループ)がプラス3点とほぼ横ばいだったのに対して、助詞を指導を行った「指導群」はプラス17点弱と大きく伸びていたのです(危険率5%で有意差あり)。

〇その後、どうなったのか?
しかし、どのように優れた指導方法でも、学校の中でその指導方法が根付き、継続されていかないのが学校の難しさです。公立学校は人事異動がつきもので、管理職の采配によってあっという間に人が代わるということがあるからです。この学校でも残念ながら、どんどん教員が代わってしまい、この指導方法を引き継いでいく人が減っていきました。そして指導法はこの学校ではだんだんと廃れていきました(但し、今は、全国いくつもの聾学校でこの指導法は引き継がれています。例えば香川聾学校や久留米聴覚特別支援学校、松江ろう学校、佐賀ろう学校などはそうです)。

継続して指導できなかったとしても、子どもたちが身につけた助詞を理解する力が廃れるわけではありません。この「指導群」の児童10名に集中的に助詞の指導したのは小学2年生の時でしたが、その4年後の小学6年生での「助詞テスト」の結果は、10人中8人は80点~100点。1人は67点、あとの1人は76点でした(この2人も継続指導されていればおそらくもっと向上したでしょう)。そして、80点以上8名のうち2名(2割)が「Reading Test」で読書偏差値56以上(中1以上)の「上学年対応」、3名(3割)が読書偏差値46以上の「該当学年(小6)対応」、残り3名は読書偏差値39~45の「下学年対応」であることがわかりました。また助詞テスト80点以下の児童2名も「下学年対応」でした。
一方、意図的・集中的な助詞指導を行わなかった「対照群」(10名)の「Reading Test」の結果は、「該当学年対応(小6レベル)」が2名(2割)で、あとの8名(8割)はいずれも読書偏差値45以下の「下学年対応」にとどまりました。助詞の指導が行われていたら「該当学年対応」以上の児童の割合は、もっと多くいたのでは?と思います。
もちろん、読書偏差値は、語彙・文法・読解力を含む総合的な力ですから、一概に「助詞」だけの問題ではありませんが、少なからず「助詞」の力も反映していることは間違いありません。これらのことから、助詞の指導に関して、いくつかのことを考えました。
①助詞の指導は、「自立活動」などの時間に、意図的・集中的に指導する時間があるとよい。とくに助詞がまだ十分獲得できていない児童に対して。ここで引用した「指導群」児童は「助詞に・で・を」の指導を10時間程度受けている。これによって児童の助詞理解は大きく進む。
②また、やや厳しい児童たちの学級では「国語」の時間内にも必要に応じて助詞の指導があるとよい。そのほうが効果があがる(添付写真「ヤマタノオロチ」の授業場面例)
③さらに、日記を通しての指導、助詞プリントによる学習もあるとよい。(助詞の意味・用法が分かったうえでの習熟の段階)
④このような、授業や日常生活などのあらゆる場を通して助詞を学ぶことによって、助詞の理解が促され、その結果として、「読み」の力も向上する。何もしなければ、助詞がわからない⇒文章を正確に読みとれない⇒読書偏差値は低いままにとどまる⇒教科書が読めない・理解できない(添付図「小6年次『Reading Test』読書偏差値」。
〇助詞を家庭で学べるか?~視覚と動作で効果的に学ぶ方法
学校で教えてもらえなければどうすればよいのでしょうか? 助詞指導の方法を開発した聾学校でさえ10年後には指導法が継続されない、というのが日本の教育の現状ですから、手話を用いない聾学校や普通小学校では、助詞の効果的な指導方法に与れないかもしれません。しかし、とりあえず手話をおいておいても助詞の指導は可能です。
幼児期における指導方法は、このHPに掲載した年長幼児の実践を参考にして下さい。
HP>日本語文法指導>助詞の指導>助詞は会話の中で身につくか?
http://nanchosien.com/09/09-3/post_101.html
HP>論文・資料・教材>幼児の日本語指導教材と実践
http://nanchosien.com/papers/04-4/
その保護者は以下のように語っておられます。(詳細は上記URLの記事を参照)
「助詞がまったく分からない年中の2月に、助詞の学習に走り出しました。途中、手話助詞記号は、かなり効果があることに気付きました。やっていたのは、絵日記と言葉あそびを少し。ほとんどが文法の学習。私は一定期間、集中的にひとつのことのみを繰り返し教えていました。まずは、助詞のみ。一回30分を1セットとし、1日の中に組み込んで、できるようになるまでは、全て助詞のみ。自作の「助詞クイズカード」、「叩く・叩かれるゲーム」。電車に乗ってでもやっていました。...その結果、短期間に助詞がわかるようになり、先生たちも驚いていました。その頃の変化が以下のようなことです。
・発語が以前より上手になったこと(年中夏から訓練に通い始めた)。
・文法がわかるようになり、「ふつうの日本語」を話せるようになったこと。
・語彙の量が爆発的に増えた。(=「ことば絵じてん作り」の効果)
・擬音で話していたところに、動詞を使うようになったなど。」 (以上メールより)
とくに、「が」「を」「に」などの助詞カード(文字カード)を準備し、そのカードを使いながら実際の場面で「おなかが痛い」などと「が」のカードでおなかを指しながら文を作るなどは、子どもも楽しめるし効果が大きいようです。また、「~が~を叩く」などの文カードを使った「叩く・叩かれる」ゲーム。これは"助詞を30分で理解する方法"です。それほど面白いゲームです。ぜひ上記記事を参考にやってみて下さい。


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お名前・ご住所・連絡先・希望の教材と必要数をご記入のうえ、メールかFAXで申し込んでください。
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難聴児支援教材研究会の出版物も全国早期支援研究協議会の出版物も、この申し込み用紙で可能です。ダウンロードしてFAXにてご利用ください。(申込用紙記入後、携帯写メで撮影・添付してメール送信でも可)
book_fax20-3.pdf FAX 03(6421)9735 (難聴支援事務局・木島)
〇会話も文も必要です
「助詞は会話の中で身につくのでしょうか?」こんな質問を保護者の方からいただくことがあります。きこえない子に日常会話の中だけで文法が身につけばなんの苦労も要りません。きけば、ある大学の先生に「日本語の文法は、自然な会話の中で獲得される。だから、きこえない子も会話を沢山すればよい。ドリルなどいくらやっても助詞は身につかない」と言われたのだとか。確かにきこえる子についてはその先生のおっしゃる通りです。日常会話では、助詞が抜けたり、主語が欠けたりなどの文法要素が欠落しても(日本語は単語だけでも通じる言語です。例えば、A「ねえねえ、行ってきたよ。楽しかった~」B「そうなんだ~。へえ~」などと)、話題や文脈が共有されていさえすれば、言語以外の情報(具体物、表情、身振り、指さし、目線、声の大きさなど)に助けられて十分に通じあえますし、欠落した部分は相手が聞いてもくれます(B「で、その映画、どこでやってた?」とか「だれと行ったの?」などと)。ですから、きこえる子は会話の中だけで日本語の基本的な文法を3歳代で身につけることができます。1歳あたりで初語が出始め、それから2年から2年半くらいの間に語彙は1000語以上、基本的な日本語の文法はほぼマスターすると言われています。聴児は家の中だけでなく、電車やバスの中でも繁華街を歩いている時でも周囲に多少の騒音がある環境下で、自分に必要なことだけを選択的に聞き取ることができます(「カクテルパーティー効果」)。また、後ろからでも暗闇の中でも聴覚は使えます。この違いが非常に大きな差を生み出します。では、きこえない子はどうでしょう?
きこえない子も「文法は自然な会話によって獲得される」となると、一般的に軽・中度難聴の子や人工内耳装用児など聴覚活用ができる子どもたちは"ある程度"それも言えるかなと思います。しかしそうした子たちでも「音声だけ」で100%の音韻の区別は困難です(例えば、聴力50dBでも「高田馬場」→「たたたのたた」、「本棚」→「ほだな」、「魚」→「タカナ」と覚えていたりします)。これをきちんと区別するためには、文字や指文字などの視覚的記号で弁別する以外に方法はありません。
ましてや90dBとか100dBといった聴力の厳しい子たちは、補聴器をしてリズムやプロソディーなどの「韻律情報」は聞き取れても、一つ一つの単語を区別する「音韻情報」を100%聴取することは困難ですから、文字や指文字を使う以外に方法がないのです。そして、実際に、きこえない子もきこえにくい子も、生活の中に自然にあふれている文字情報(絵本、広告、通信機器など)や絵日記・文字カードなどを活用して、語彙を獲得し、また、文・文法を獲得しています。そして、それでよいと思いますし、それしかないとも言えます。日本語での会話もするし、文字などの視覚情報もどんどん使えばよいのです。
そこで、ここでは、手話も音声も文字も指文字も使って、短期間に、効果的に語彙力・文法力・読解力・作文力を身につけた幼児の事例を紹介したいと思います。
〇「ことば絵じてん」で語彙力アップ!(年中後半~年長始め)
Sちゃんは2歳で人工内耳を装用し、年中になった時には日常会話は音声で可能、日々の生活に必要な語はほぼ獲得していました。
しかし、その時の絵画語彙検査の結果は、5歳1カ月の時に3歳1カ月。2年の差が生じていました。その頃このホームページの中の「語の概念カテゴリー」のことを知りました。Sちゃんに質問してみたら。Sちゃんはそれぞれのモノの名前は知っているのにそれらのモノの上位概念を知りませんでした。そこから、ママは「ことば絵じてん」づくりに取り組み始めました。幸い、Sちゃんもその活動を楽しみ、語の概念はどんどんと広がっていきました。半年間、集中的に取り組み、ママは、語の概念も量も増えていくのを実感しました。その結果、年長になった時の絵画語彙検査は、生活年齢5歳8か月、語彙年齢5歳6か月になっていました。
*こんな短期間に語彙が増えるのはあり得ないという人がいますが、きこえる子が2歳から3歳にかけて1000語位の語を獲得することを考えればあり得ることです(これを「語彙爆発」と呼んでいます。子どもの頭の中にカテゴリーで括られた語の集まり(例えば「果物」)がある時、その果物のファイルを使って新しく出会ったモノ(例えば初めてみたパッションフルーツ)が何であるか(「果物の一種かな?」)が推測できます。このシステムを「即時マッピング」と言いますが、このシステムがあれば新しい語彙を次々と獲得できます。こうして起こるのが語彙爆発です。Sちゃんは語はたくさんもっていましたが、その語はバラバラで括られていなかったために新しい語を見ても「即時マッピング」のシステムがうまく作動しなかったと考えられます。*参考HP>論文・資料・教材>ことばのネットワークづくり参照 http://nanchosien.com/papers/cat33/
〇「助詞カード」「品詞カード」で読みの力アップ!
(年中終わり~年長前半)
しかし、課題はそれだけではありませんでした。助詞の使い方、受動文、自動詞・他動詞、比較表現、接続詞など、きこえている子なら自然に身につけ間違えないはずのことが、人工内耳をしているとはいっても、きこえないSちゃんには自然に身についていないことがたくさんありました。
そこでお母さんは、「助詞記号・助詞手話記号」「品詞カード」などの視覚教材の利点を活かした日本語の文法の課題に家で取り組み始めました。「視覚教材の利点」は「ことば絵じてん」づくりですでに経験していましたから、教材を自分で開発し、それらを使ってSちゃんと遊びました。こうしてSちゃんは助詞を理解し、動詞の活用もだんだんとわかるようになっていきました。この頃、月に2回行っていた病院のSTの先生も、Sちゃんが短期間に助詞ができるようになったことに驚いていました。
その病院でJcoss(*本HP>発達の診断と評価>J.coss参照)をやってもらったところ、通過項目数は14項目(小2レベル)。視覚教材を有効に使って助詞を身につけ、文を読んで理解する文法力を身につけたのです。
そして、文を読んだり書いたりする力の向上は、子どもの「読みたい力」「書きたい力」を高めます。Sちゃんは本を読むのが好きになりました。以下は、その頃のママからのメールです。
「絵本が好きになってきて、『読んで、読んで』と持ってきます。今、読んでいるのは、赤ずきん、浦島太郎、裸の王様、ヘンゼルとグレーテル、3匹の子ぶた、ごんぎつね、青い鳥、孫悟空、ピノキオ、かちかち山、さるかに合戦、イソップ物語などです。」(年中終わり頃)
〇「大きな名詞づくり」で文を作る力アップ!(年長始め~夏休み前)
さらに「接続詞」や「名詞修飾構文」=「大きな名詞つくり」にも取り組みました。日本語で難しいのがこの名詞修飾の文で、「係りー受け」の関係です。例えば、井上ひさしの本(『井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室』)にも登場する「黒い目のきれいな女の子」という文は、これだけなら如何様にも意味が解釈できます。このような文では、通常、
作者がどこかに「、(読点)」を入れたり(例「黒い目のきれいな、女の子」)、語順を変えたりします。こうした名詞修飾の指導にあたって、先の大学の先生は、小1国語(光村図書)の『きつつき』 に出てくる「・・そして、木の中にいる虫を食べます。」という文で、きこえない子が「きつつきは・・木の中にいる。」と切って理解してしまった。」というある教師に対して、「木の中にいる虫を」まで一気に読めば子どもは意味を自然に理解できる、と言われたそうです。ただ、それは教師が自分で解釈した意味を子どもに伝えているだけで、問題は、子ども自身が初めてこの文を読んだときに、どこで区切って読めばいいのかが自分でわかる(=「木の中にいる虫」という名詞修飾がわかる)ということですから、名詞修飾(「大きな名詞」)という文法概念を教える必要があるわけです。これをSちゃんのママは以下のように教えました。
大きな名詞づくりでは、まず、基本の短い文を作らせます。そこから一緒に、文を詳しくするにはどうすればよいかと「大きな名詞」を考えていく方法をとりました。数日で慣れ、大きな名詞を使って自分だけで文を作ることができるようになりました。(下線部が「大きな名詞」)以下はその例です。(4月頃)
「Sが公園であそんでいる」→「帽子をかぶったSが、近所の公園で楽しそうに遊んでいる。」といった具合です。
そして、この「大きな名詞づくり」は楽しかったようで、自分からアルバムをもってきて「大きな名詞づくりをしよう!」と言うようになりました。以下はその頃、絵を見ながら自分で作った文です。(5月頃)
①「ピンクの体のうさぎさんがキレイな花を持って、どんどん歩いています。」
②「小さいかわいいネズミ色の体のうさぎが、草むらで遊んで、青いスズメも遊びに来た」
③「小さいくまさんが、ぶどうがりを笑って楽しそうにしています。茶色いすずめもやってきた」
④「ミッキーの帽子をかぶったSが、青い車にのって手をあげています。」
〇自分で文をつくるようになる(6,7月頃~)
助詞や動詞の活用の仕方、大きな名詞づくりなどをやったことで、自分一人でも文が作れる楽しさを感じるようになってきて、Sちゃんはテレビのニュースを見て自分で文を作ったりもするようになりました。(7月頃)
おかやまけんの おおおあめ(大雨)
おおおあめでしんすいになった。 おみずでうえきばちがたおれた。
おおおあめでぼうさいきゅうきゅうヘリとボートがきゅうじょをしています。
「たすけにいくきゅうじょ」はふねにのりこみました。
(*「助けに行く救助」が大きな名詞なので「」で囲んだ)
〇「絵本の読み聞かせ」で読解力・知識アップ!
また、語彙が増え、文法がわかるようになってくると絵本に出てくる語彙の説明が少なくてすむようになってきました。以下はその頃のママのメールです。
「以前は、それはもう知らない言葉だらけで、読んだあと分かる言葉に置き換えて説明したりするのに時間を使っていましたが、いまは、スラスラ読めます。知らない言葉が出て来たら、その説明だけでいいので楽です。絵本によって、言葉がすごく増えたと感じます。今月(7月)に入って、今日で50冊絵本を読んでいるのですが、この4月から絵本に触れ始めて、ある一定の数に達したあたりから、ぐっと読むのも楽になったと変化を感じます。自分一人でも読めるようになってきました。文法を理解し、語彙が増えたり、絵本独特の言い回しにも何度も出会い、慣れてきたのだと思います。なにより、絵本が大好きになったことが嬉しいです。」(母のメール)
そして、絵本だと2行にわたる大きな名詞も見つけることが出来るようになりました。
母「Sちゃん、この花、どんな花?大きな名詞どこまでだと思う?」
S「一年に一度、春の終わりの満月の夜にさく花」
こういう風に私が質問する時と、「あ!見つけた!大きな名詞!」と私の手話を見て気づいてから絵本の文章を探して指さす、という時とがあります。(母メールより)
このように、絵本を読む力もつき、年長の秋に学校でやったJcossでは17項目(小3レベル)通過していました。日記を自分で書くようになり、その中で「大きな名詞」を使えるようになってきています。以下はその例です。下線部が「おおきな名詞」
10/26 「チュッパチャップスのこと」
チュッパチャップスをなめておいしかったです。くびをながくしてまったきのうからなめたかったチュッパチャップスです。あっというま、たべおわっちゃった。またおばあちゃんにかってもらおう。
11/20「くるまでベルトをわすれた」
くるまでベルトをわすれてかなしかったです。みどりのだいじなベルトをくるまでわすれてかなしかったです。あしたつけれなくてかなしかったです。おかあさんにでんわをしてもらいました。かなしかったです。
事例S~まとめ
Sちゃんの例が示しているように、音声だけでの日常会話の中で、ある程度の語彙や文法力が身についたとしても、それだけでは十分ではなく、絵日記や絵本、ワークブックやことばカードなど、文を読んだり書いたりする総合的な言語活動の中で日本語の語彙力も文法力も読解力・作文力もついていくのだということがわかります。
その中でとくに「視覚教材」を活用することは、頭の中のことばを視覚的に整理し(「ことば絵じてん」「各種の掲示」など)、話し言葉を「可視化」する(「助詞カード」など)ことことができ、それによって語彙・文法を負担なくきこえない子に習得させる効果をもつことがこの事例からもわかると思います。
【事例R】(年中)~手話から日本語への変換に取り組んだ2年間
Rちゃんは聴者家庭ですが手話中心に育ち、年中頃まではあまり日本語も身についていませんでした。年中になった頃、幼稚部の担任の先生に、日本語も身につけていこうと言われ、少しずつ、知っている手話のことばを指文字で表現する練習から始めました。手話も口話併用の手話を使うようにし、助詞の部分は指文字で表示することもやっていくようにしました。また、手話から日本語に変換できることば増えていくと、指文字で日本語の文章を表現し、次にその意味がわかるように手話で表現し、またもう一度指文字で表現するようにもしていきました。
これは、文を決めて短冊に書き、それを覚えて学校に行き、学校でカードに書いて、先生にみてもらうという取り組みです。覚えては忘れ、忘れては覚えの繰り返しで、前日に覚えてから、学校に行くまでに3~4回は覚える練習をしました。継続することはかなりの根気が要りましたが、ママも本人もがんばり、とうとう、卒業までに短冊が150枚以上になりました。
しかも、この取り組みは幼稚部のときだけで終わることなく、小学部に入学して担任が
変わってからも続けられました。この取り組みはRちゃんの日本語力を徐々に伸ばし、Jcossでは、小学部1年生の時は7項目通過でしたが、その後、順調に伸びて高学年の時には18項目まで伸びました。そしてRちゃんは聾学校中学部・高等部と進み、この4月に理科系の私立大学に進学しました。
事例R~まとめ
Rちゃんは文を身につけるとき、それまでの手話での会話を、口話併用の手話に少しずつ指文字で助詞を入れたり、指文字の文を手話で表現したり、手話の文を指文字であらわしたりしながら、手話と日本語の変換に取り組んでいきました。また、文字で書かれた文を暗記することにも取り組み、文を通して少しずつ日本語の語彙力や文法力をつけていっています。相当根気のいる取り組みだったと思いますが、「継続は力なり」。最終的には大学進学までたどり着いていることを考えると、決して、ことばの力をつける取り組みに「もう遅い」ということはないのだと勇気づけられます。使えるものはなんでも使って多角的に覚える(これを「記憶の多重符号化」と呼びます)。それが最も効果的なことばの学習方法だと言えるでしょう。
ある聾学校の先生から質問をいただきました。以下に引用します。
先日、「AはBより~」が理解できていない児童に、「~より」の表現の指導をしようと教員間で話し合い、算数や普段の生活の中で「~より~」の文章をできるだけ使って(手話と文字表現を一緒に使う)話すように心掛けました。そうすると、児童の手話表現の中に「~より~」の手話が出てくるようになってきました。
しかし、まだ「AはBより~」という文章の時、AとBを逆にしてしまうことがあります。どちらを基本にして比べるのかというところで、躓いているように思います。
今は、文型を覚えて、そこに当てはめて考えているように思われます。なので、少し応用させた文章になると間違ってしまいます。どうやって教えてあげようかと悩んでいます。比較の「~より」のよい指導方法があったら教えて下さい。
「より」は、国文法では格助詞に分類され、一つは「正門より入る」といった起点「~から」と同じ意味がありますが、もう一つは、今、ここで問題となっているような比較の意味があります。難聴児の多くが混乱するのは、「AはBより大きい」などの文で、どちらが大きいのかがわからなくて、「より」の前(近く)にある「B」のほうが大きいと答える子どもたちが少なくありません。どう指導すればよいでしょうか?
右図の文はJcossという検査にある問題文の一例です。
「包丁は鉛筆より長い」は、述部が形容詞で終わる「形容詞文」です(『日本語チャレンジ!』51頁参照)。文の最後が形容詞で終わる「形容詞文」には、適用可能な基本文型は2つあり、「Aが大きい」「太郎が正しい」「水が冷たい」などのいわゆる「主語+述部(形容詞)」の第1文型と、もう一つは「太郎はパソコンに詳しい」「花子は地理に疎い」など「~に」を必要とする「主語+~に+述部」の第3文型の二つです(「太郎は詳しい」だけでは何に詳しいのかがわからないので「詳しい」という形容詞には、「~に」にあたる情報がもう一つ必要です)。
さて例文「包丁は鉛筆より長い」の「長い」は、「~に」にあたる情報を必要としないので(「包丁は~に長い」とは言わない)基本文型は第1文型の「主語+形容詞」で、「包丁は長い」がこの文の基本となる文型です。
つまり、この例文で最も言いたいことは「包丁は長い」ということであり、「鉛筆」は、あくまで「包丁が長い」ということを言いたいがために、その比較の対象として持ち出されたと考えればよいわけです。言い換えれば、助詞「が」(は)は、「が」(は)が指し示しているそのものについて言っているので、それを指し示す視覚教材(品詞カード・右の写真のようなカード)を作るとわかりやすいです。
因みに江副文法では、「より」を助詞として扱わず、『時数詞構成語』として扱っています。時数詞とは、期間や範囲をあらわす名詞で、「明日」「来年」「3時」「春」「夕方」などがあり、これらは「明日、行きます」「夕方、雨が降った」のように助詞を省略した使い方が可能です。
『時数詞構成語』も、時数詞と同様な性質をもったことばで「~より」(3時より開始)、「~だけ」(一つだけちょうだい)、「~から」「~まで」(朝から晩まで)、「~くらい」(3分くらいしたら開けて)、「~ずつ」(一つずつ配る)、「~ながら」(食べながら飲む)、「~ばかり」(5分ばかり行くと)、「~きり」(一つきりしかない)などがあり(ほかにもあるが省略)、これらの「時数詞構成語」は、「時数詞」と同様に期間・期限・数量・範囲などをあらわします。
また、「時数詞構成語」のカードの空欄に入る語は、図の例文のように名詞だけでなく、「食べ終わるまで」など、動詞も可能です。
このような方法をとることで、「比較3問題」(本ホームページ>発達と診断>「この問
題できますか?」参照)の3つ目の問題(下の問題)
も比較的に容易に解くことができます。
「A町、B町、C町、D町、4つの町がある。A町はC町より大きく、C町はB町より小さい。B町はA町より大きく、D町はA町の次に大きい。大きい順番を書きなさい。」
最初の質問に戻りますが、比較を表す言い方を学習するときに、ただ文で言わせるだけでは子どもにはわかりにくいので、視覚的な教材を準備し、「見てわかる」方法を使うとよいと思います。
上の写真は、ある幼児の保護者が作った教材です。このようなカードを使うことで、子どもは、ラクに楽しく興味を持って比較文について学ぶことができます。
また、右の写真は、都内のあるろう学校で比較表現を指導するときに使われていた「比較表現お助けカード」です。分からなくなった時に、このお助けカードを使って学習するわけです。このような工夫も大切だと思います。
手話を日常的に使用している子たちは、「場所・どこ」「あいだ」「使う」「原因・理由・なぜ」「行く」などの手話は自然獲得しており、その意味・概念も理解しています。その手話を、助詞を教えるときの記号(=「助詞手話記号」)として使います。あくまで助詞を学習するための文法記号なので、日常生活での会話の中でその記号を使うわけではありません。また、その記号で助詞の意味・用法が全て説明できるわけでもありません(日本語の全ての文法を矛盾なく説明できる理論は今のところありません。例えば格助詞の範囲をどこまでとするか等は研究者によってまちまちですし、私たちが学校で習った「形容動詞」には多くの矛盾が含まれています)。そのことを理解した上でもなお、きこえない子にこの助詞手話記号を使って助詞の用法を教える効果は十分にあります。
さて、子どもの書いてきた日記には、助詞の誤りが必ずと言ってよいほどあります。そこで、その都度、子どもに直してもらうわけですが、これまでの聾教育の中では指導の方法がなく、ただただ「『学校で行く』とは言いません。『学校に行く』です」と、子どもにその理由を説明しない(できない)ままに、「日本語はこういうもんだから」という指導をしてきました。もちろん、研究者含めて日本中のだれも説明できないことが、日本語の中にまだまだあります。理由がわからなくても私たちは繰り返し日々使う中で自然獲得してきたのですから、意味や理由がわからなくてもきこえない子も何度も繰り替えせばきっと使えるようになる、という信念があるわけです。では、正しく使えるようになったのでしょうか? もしこの方法で助詞が身につくのであれば、同じ助詞の使い方を小1から高3までの教科書の中で何百回、何千回と見て声も使って読んでいるのですから「自然に身につく」はずです。しかし実態はそうではありません。
きこえない子に必要なことは、説明できることは子どもにもわかるように説明し、子ども自身が自分で理解し、納得して使うという経験であり、それを積み重ねることです。それが日本語の指導であり、文法指導です。
では、日記を通して具体的にどう指導したか。C子さんの日記をとりあげてみます。C子さんの日記には助詞「で」がほとんど出てきません。使い方がわからない、というのが第一義的な理由でしょうが、助詞「で」は、実は使わなければ使わなくても済む助詞なのです。
どういうことでしょうか? これについてはまた改めて説明しますが、ここでは、「で」は、文を詳しく説明するときにしか使わない助詞と理解しておいてください。図に示した二つの日記・作文例(図の左は聾学校幼稚部年長児の絵日記、右は聾学校小6児童の作文)はそれぞれ400字ほどですが、左の文例の中で、「で」は年長児の絵日記に一度しか出てきません(「ので」は接続助詞なので格助詞「で」とは異なります)。
以下に、Cちゃんの日記の中から、助詞「で・に・を」を取り上げたものを紹介します。
一つ目のファイルは、助詞「で」の学習です。
二つ目のファイルは、助詞「に」の学習です。
三つ目のファイルは、助詞「を」の学習です。
四つ目のファイルは、助詞「に、で、を」の使い方のまとめです。
格助詞「の」は、頻繁に使われています。「この机の上のかばんはだれの?」「ぼくのかばんだよ」とか、「6年生の○○です。よろしくね」とか、頻繁に使っているので、格助詞の中ではどちらかといえば間違うことの少ない助詞かもしれません。
とはいっても、文の中に出てくる「の」をどの子も正しく読み取れているかというと、そうともかぎりません。そこで、名詞と名詞のあいだにある「の」について考えてみたいと思います。まず、小1の教科書に出てくる「の」をみてみます。
1.「はるの花 さいた あさのひかり きらきら」(光村図書1頁)
2.「くまさんが、ともだちのりすさんに、ききに いきました。」(同27頁,下左図)
3.「ながい ながい、花のいっぽんみちが できました。」(同29頁,下右図)
これらはいずれの「の」も名詞と名詞のあいだにある「の」です。このような「の」は、前の名詞がうしろの名詞を修飾しているのが特徴です。その意味では、名詞の前にくる形容詞のはたらきとよく似ています。例えば、上記1~3の「名詞+の+名詞」のところを、形容詞を入れた文にしてみると、よくわかります。
1.「はるの花」→「赤い(形容詞)花」、
「あさのひかり」→「まぶしい(形容詞)ひかり」
2.「ともだちのりすさん」→「かわいい(形容詞)りすさん」
3.「花のいっぽんみち」→「ながい(形容詞)いっぽんみち」
「名詞+の+名詞」は、名詞を修飾する形容詞(「形容詞+名詞」)と同じような修飾用法になっています。意味としては「名詞+の」も名詞を修飾している「形容詞」も、「どんな~」という意味になっています。ですから、「名詞+の+名詞」も「形容詞+名詞」で大切なのはうしろの名詞で、前の名詞や形容詞はうしろの名詞をくわしく説明している名詞や形容詞ということになります。
そこで文に即して質問文をつくってみます。
1.「どんな花ですか?」→「はるの花」(=はるに咲くところの花)
2.「どんなりすさん?」→「(くまさんの)ともだちのりすさん」(=ともだちであるところのりすさん)
3.「どんないっぽんみち?」→「花のいっぽんみち」(=花でできているところの道)
このように、「名詞+の+名詞」が出てきたら、「どんな~」を使って質問することで、「の」の役割をはっきりとさせるとよいと思います。ただ、上の例文では「どんな~」でよいのですが、文によっては「だれの~」や「なんの?」「どこの~」「いつの~」などのほうが文に合っている場合があるので、文に合うかたちで質問するとよいと思います。例えば
上の「はるの花」の「はる」は季節・時間を表すことばなので「いつの花?」ときいたほうがよいでしょう。以下、例をいくつかあげてみます。
4.「これは、きつつきのくちばしです。」(小1上・光村図書・44頁)
→「どんなくちばし?」よりも「なにのくちばし?」
5.「はちどりは、ほそながい くちばしを、花の中に いれます。」(同48頁)
→「どんな中?」よりも「なにの中?」
6、「そして、花のみつを すいます。」(同48頁)
→「どんなみつ?」よりも「なにのみつ?」
年末のNHK・Eテレ「ろうを生きる難聴を生きる」で「日本語獲得の実践」をご覧になり、そこで紹介された『きこえない子の日本語チャレンジ』について問い合わせを沢山いただきました。そのなかで、きこえない子お子さんをお持ちの保護者数名の方から、「助詞がなかなか身につかないので困っている。どうすればよいか?」という質問をいただきました。
この掲示板では、すでに何回もお伝えしていますが、まず、きこえない子にとって難しい助詞とは、「が(は)、を、に、で、と、の」という一文字の格助詞です(「より」とか「から」「まで」といった助詞は比較的わかりやすく、「東京から大阪まで」といった使い方の中で身につきます)。
まず、そこで提案したいのは、日本語の基本的な文型にそって助詞と動詞の組み合わせて助詞の使い方を身につけるということです。
助詞が身についていない子というのは、助詞だけでなく語彙の数も少ない傾向がありますが、それでも「食べる」「飲む」「行く」「作る」といった基本的な動詞は30とか40は知っていると思います。その知っている動詞を使って助詞を身につけるわけです。
例えば「食べる」「飲む」といった動詞には、必ずその動詞とセットになって使う助詞があります。それはなんでしょうか? 「を」ですね。「食べる」「飲む」という動詞は、必ず「を」が必要なわけです。それを確かめるためには、誰かに「飲むよ!」とか「飲もう」とか言ってみればわかります。そのことばを言われた人は「なにを?」ときいてくるはずです。つまり「飲む」という動詞は「~を飲む」とセットで使う動詞なのです。
では「行く」はどうでしょう? もしあなたが誰かに「行くよ」と言えば、相手は「どこに?」ときいてくるでしょう。「行く」は「~に行く」と「に」とセットで使う動詞なのです。
では、「作る」はどうでしょうか? もうおわかりかと思いますがこれは「~を作る」ですから「を」とセットに使う動詞ですね。
それでは「会う」はどうでしょうか? これは「だれに」か「だれと」ですから、「に」もしくは「と」とセットになる動詞です。
このような動詞と助詞のセットの文型を基本文型と言います。その基本文型は添付したファイルのように5つあります。どのような日本語もだいたいこの基本文型で作られています(但し主語を省略したり、助詞を省略したりは、会話では常にあります)。
ですから、まずはこの基本文型で動詞と助詞を組み合わせて文が作れるようになればよいわけです。
その次の段階として、私たちが開発した「助詞手話記号」を使って、助詞の使い方を学習します。こうした方法で基本的な格助詞は身につきます。あとは、実際に文を沢山作ることです。それは日記・作文指導のなかで行うわけです。
◎助詞の指導はどうすればよいか(2)
「聾学校の先生に助詞の指導をしてほしいとお願いしていますが、なかなか助詞の誤りがなおりません。聾学校の先生もいろいろな教材を紹介してくれるのですが、いまいちピンときません。なにかよい方法はないのでしょうか?」
このようなメールを、ある保護者からいただきました。きこえない子に関わる多くの教師や親が抱えている悩みです。「そんなプリントなんかで助詞は身に付かない」という人もいます。「では、どんな方法がありますか?」と尋ねると、「日々、学校や家庭の中でのやりとりを通してわからせていくしかない」と。確かに正論です。助詞は子ども本人が自分で表出し、誤りに気づき、修正していくしかないのです。こうした方法は「自然法」と呼ばれ、この20年くらいはきこえない子の指導方法の主流となってきました。で、その結果はどうであったかと考えると、はなはだ心許ない。いや、その結果を客観的に検証してもいない、というのが正確でしょう。子どもの助詞の理解・運用力はいっこうにあがってはいないのが現実です。「生活の中で」というのは、正論ではあっても現実の生活の中では相当の覚悟をしないかぎり難しいのです。
ではどうすればよいのでしょうか? 私は、使えるものはなんでも使えばよいと思っています。先にも書いたように、助詞は自分で「話す」か「書く」ことを通してしか身に付きません。教科書を何十編何百編読んでも「読む」「聞く」(入力)だけでは決して身に付かないのです(「読んで」助詞が使えるようになるのであれば、子どもは毎日、何百の助詞を、教科書の文の中で見たり読んだりしているのですから身に付くはずです)。
ですから、日常のやりとりの中で助詞の間違いがあったら言い直しさせる(話す=出力)のも必要ですし、日記を書かせたり、短文を暗唱させる(書く=出力)のも必要でしょう。ただ、日記には、その前提となる基礎的な語彙力の問題や表現力の問題があり、語彙を知らないと、毎日毎日「○○をしました。○○をしました。・・・楽しかったです。」というワンパターンの文を書くことになり、なかなかそこから発展していきません。また、間違った助詞の使い方を直されても、なぜ、その助詞が間違っているのかわからないと、また同じ間違いを繰り返します。
しかし、小学生になれば、「『スーパーを行きました』ではなくて、どこかに行くときは『に』を使うから、『スーパーに行きました』だよ。じゃあ、『学校 行きました』『海 行きました』はどうなる?」と説明すれば、理解できるようになります(こうした方法は「自然法」に対して「構成法」と呼ばれます)。
絶対的な音声情報が不足する聞こえない子には、こうした分析的な方法も併せて使わないと、会話の中だけで助詞を習得するというのは、効率的でもないし、現実的でもありません。子どもに合わせていろいろな方法を組み合わせて使うことが、子どもの助詞攻略につながります。本研究会で出版した『日本語チャレンジ!』も、助詞の用法の説明・理解(入力)と練習・表現(出力)の手立てのひとつとして使えますし、ぜひ、使ってみていただきたいと思います。