文法指導の順序
ここでは、江副文法を用いて日本語文法指導を進める上での基本的な知識について概説します。
文法指導をする上でどうしても必要な概念として「品詞」があります。これは日本語の学習上必要不可欠な概念なので、少し難しくてもここから入ります。もちろん、最初からこの「品詞」という概念を理解できるわけではありません。ここでは、「へえっー、ことばは色々な分け方ができるんだ~」ということがわかればそれでOKです。ここで、幼児期から積み重ねてきた「カテゴリー分け」や「ことば絵じてん」づくりで身につけてきた、ものごとは「カテゴリー」で分けることができる、という学習が生きてきます。そうです、ことばもそれぞれ共通の性質をもったことばを集めてカテゴリーができるのです。
日本語文法指導では、最初にとりあげるのは「名詞」「動詞」「形容詞」「時数詞」の4つ。
まず、ことばを提示してその意味を確認します。例えば、「きのう」「あした」「校庭」「教室」、「たべる」「みる」、「まるい」「おおきい」の8つのことばをカードに書き、それと家の図(添付ファイル)を提示して次のように言います。「ことばは仲間に分けられるよ。この家の4つの部屋に、自分で仲間を考えて入れてごらん」。
わからないときはヒントを出します。「『どこ』とか『いつ』のことばはどれ?」。(幼児期からいわゆる5W1H」の疑問詞は使い慣れておく必要があります)
さらにもう一つヒント。「これをことばのお尻にくっつけてごらん。うまくつながったら仲間だよ」と言って、「ます。ました。ません。ませんでした」の動詞活用カードと「い。かった。くない。くなかった」の形容詞活用カードを渡します。(添付ファイル2)
こうしてまず子どもに分類させてみて、それからこたえの分類を提示して説明します。「ことばは仲間に分けられるよ。仲間には名前がついているよ。どれが仲
間かわかるように色と形も決まっているよ。『いつ』のことばはピンクの四角。時数詞と言うよ。・・・」などと4つの品詞の名前を提示し、一覧表に整理して書かせます(添付ファイル3)。
小1ではまだまだこの分類がわかるわけではありません。少しずつ理解していけばよいのです。ここで理解すべきことは、「ことばも仲間に分けられる」ということです。このカード(品詞カード)を使ってこれから文法指導を進めていくことになります。
添付ファイル4は、「品詞分類」のプリントです。どのようなことばが入るか、みんなでことば集めをします。
はじめての文法指導(2)
前回、文法指導の最初の段階として「ことばのなかまわけ」について書きました。ことばは仲間に分けられることがわかったら、次は品詞を並べて文を作る練習をします。とは言っても日本語に自信をもてない子どもたちは、助詞に苦手感をもっています。そこで、まずは、助詞を使わない文から入ります。
まず、一語文です。食べ物、バス、友達や先生の顔写真、机、トイレ、タオルなどいろいろなものの絵カードと、「食べますか?」「食べませんか?」の動詞質問カード、「食べます」「食べません」の動詞回答カードを準備します(動詞カードは「飲む」「乗る」などの動詞についてもそれぞれ4枚あるとよいでしょう)
下の絵参照
そして先生が、例えば「チョコレート」の絵カードを裏側にして持ち(子どもから見えない)、と「食べますか?」のカードを持って子どもに質問します。「食べますか?」
子どもは、「食べます」「食べません」のどちらかのカードを出します。「食べません」と答えたとします。先生は裏側にして持っているカードを子どもに見せます。「チョコレートなのに!残念!」。
もし、机の絵やトイレの便器の絵に「食べますか?」と尋ねて、子どもが「食べます」と答えたら、笑いが起きるでしょう。
このようにして、文は単語(一語文)でも、状況が共有されていれば成り立つことをまず教えます。こうした一語文は「食べよう!」「食べて!」「食べられる?」などいろいろな活用のかたちでもできるので、同様に絵カードを使って「食べよう!」「食べて!」などいろんなパターンでやってみるとよいでしょう。
一語文が終わったら、次は二語文です。
これは、「時数詞+動詞」で指導します。
まずはじめに、「もう終わった『時間のことば』」を子どもたちから出させます。「昨日」「先週」「去年」「幼稚部の時」「今日の朝」などです。
次に「まだ終わっていない『時間のことば』」を出させます。「明日」「大きくなったとき」「今日の夜」などです。
こうした時数詞と動詞を組み合わせて、助詞のない二語文ができることを教えます。
例えば「昨日、食べました」「幼稚部の時、食べました」「明日、食べます」「今日の夜、食べます」などです。二語文になるとだんだん文らしくなってくるのが子どもたちも実感できます。
発展としては、「いま」を入れてもよいでしょう。そうすると次のようになります。
「きのう、食べました」(過去)
「いま、食べています」(現在)
「あした、食べます」 (未来)
日本語の現在形は「~ています」です。
これを「テ形」といいますが、低学年の国語教科書には頻繁に出てくるので、ここで子どもに教えておくとよいでしょう。
はじめての文法指導(3)
前回までは、助詞を使わないで文を作る学習をしました。まず、一語文でQ「食べますか?」A「食べます。」などの学習をして、それから二語文で「きのう、食べました。」「明日、食べます」などの「時数詞+動詞」で文を作る練習をしました。時数詞は便利な品詞で、助詞を使わないで文を作ることができます。その性質を利用した学習でした。次は、助詞を使った文を作る練習をします。
前回使った、「きのう、食べました」という文をそのまま使って学習をします。「きのう、食べました。」という文は、話題を共有しあっている人同士の会話の中であり得る文です。「いつ食べたの?」「きのう、食べたよ」といった会話は、お互いに何についての話題かが了解しあえているので「なにを」の部分が省略されていても通じ合えますが、話題を共有できていない人がきいても、何を食べたのかはわかりません。もし、文として誰が読んでもわかる文にするには、これだけはどうしてもないと他人には通じないという部分を、文の「必須成分」といいます。その部分がないと、文を聞いた人(読んだ人)がイメージ(絵・映像)を浮かべることができません。上の「きのう、食べました」は「なにを」に当たる部分(必須成分)が必要だということです。そこで、「なにを」の部分を補ってみます。
「きのう、ケーキを 食べました」
これで「なにを」食べていたかがわかりました。しかし、まだ、足りません。食べたのがケーキとわかって、ケーキを食べているイメージを頭の中に浮かべることができたとしても、食べているのが「だれ」なのかわかりません。そこで食べているのが「だれ」なのか書きます。
「きのう、弟が ケーキを 食べました」
これで、「だれが」「なにを」「食べた」のか、頭の中にイメージ(絵)を浮かべることができます。このような、「~が~を+動詞」の文のかたちは、どれを欠いてもイメージが描けなくなってしまう重要な必須成分を含む基本的な文のかたちで、これを「基本文型」と言っています。
基本文型にはいくつかありますが、「~が~を+動詞」という基本文型は、頻繁に使う文型なので、「~を」とセットになる動詞を使ってしっかり練習することが大事です。
例えば「太郎が 水を 飲む」「花子が 顔を 洗う」「母が 皿を 落とす」などで、いずれも「太郎が 飲む」「花子が 洗う」「母が 落とす」だけでは、イメージを描くことができませんから、これらの動詞は「~を」を必要とする動詞です。
これに対して「教室で 飲む」「水で 洗う」「台所で 落とす」などの「~で」は、「飲む」や「洗う」「落とす」などの動詞に絶対的に必要な部分ではなく、もう少し状況を詳しく説明するときにつけ加える部分なので、「随意成分」と言っています。
私たちは、例えば「太郎が水を・・」ときくとほとんど自動的に「飲む」とか「撒く」とか「こぼす」とか、次に来る動詞を予想することができます。基本の文型がちゃんと身についていて、「水を」ときくと、それとセットになって使う動詞が自然にいくつも出てきます(つまり何枚も絵が描ける)が、きこえない子はなかなかそうはいきません。
また、「飲む」という動詞をきくと、「水を飲む」「コーヒーを飲む」「酒を飲む」など「~を」にあたる名詞がいくつも浮かびます。「~を+動詞」という基本文型をどこかで習ったという記憶もないのに、次々と絵が浮かぶと思います。きこえない子たち、とくに動詞を知らない子どもたちはそうはいかないので、意識的に「~が~を+動詞」となる文づくりをすることで、この基本文型を理解する必要があります。(『きこえない子のための日本語チャレンジ』62頁~69頁参照)
日本語は、どのような文も右の5つの基本文型でできています。修飾語句が繋がって長い文になっても、基本文型は変わりません。
日記や作文の時も私たちはこの基本文型を使い、このかたちを応用・発展させながら文を作っています。ですから、最初の文法指導においてもこの文型をきちんと学習しておくことがまず基本的に重要です。